デイズジャパン最終検証報告書の検証(4) 週刊誌報道と異なる認定をしながらも”報道は事実であると確認”とする矛盾

報告書の検証

※注意:今回の記事は、セクハラの描写等を含むため、不快な気持ちになる可能性があります

※性暴力に遭った方々の表記は、「被害者」から「サバイバー(生還者)」に変更します。

前記事の「性的指向を持ち出してセクハラの事実認定に利用:デイズジャパン最終検証報告書の検証(3)」では、「デイズジャパン検証委員会『報告書』」(以下、「検証報告書」)が、サバイバーの証言以外の証拠の有無をはっきりと公開しようとしない点、検証委員会の判断の客観性の欠如などについて検討しました。「検証報告書」は、「不機嫌な表情」といった主観的表現や「性的指向」を持ち出してセクハラの認定に利用していました。

今回は「検証報告書」に書かれた別のケースを検討する予定でしたが、その前に、前記事で取り上げた週刊誌2019年2月7日号の内容も含め、週刊誌のセクシャルハラスメント(以下、セクハラ)報道の問題点について、検証することにします。

検証委員会委員で弁護士の太田啓子さんはかつて、ジャーナリストの鳥越俊太郎氏のセクハラ報道で「週刊文春記事の内容が本当かどうか私は判断材料を持っていません」ということを前提として論評を書いていました。実際、「判断材料」の有無は重要なポイントです。センセーショナリズムとジャーナリズムの境はよくよく注意する必要があるでしょう。これまでみてきたように、読み手に「判断材料」を提起しない、つまり事実であるかどうかを読み手が検証できないという点では、検証委員会の検証報告書も同じです。

では、週刊誌の報道を検討していきましょう。

週刊誌報道を「事実」と認定する検証委員会

「検証報告書」では、「報道は事実であると確認した」(25頁8行目)とあり、「報道された内容は事実」と結論づけています。しかし、「個々の検証はなく一括して証言の信用性が高いと判断したことへの疑問: デイズジャパン最終検証報告書の検証(2)」で書いたように、週刊誌報道を事実と認定する検証委員会の根拠には疑問が残ります。

検証委員会が週刊誌報道を事実と認めるからには、記事に書かれた一字一句にまったく間違いがなく、すべてを事実だと認定したことになります。

ところが、「検証報告書」では、週刊誌で書かれた性被害の内容と一致しない個所があるのです。そのひとつが「レイプ」の事実です。週刊誌報道と異なる認定をしながら、「報道は事実であると確認した」とするのは矛盾しています。

センセーショナルな見出しで読者の注意を引きつける手法

週刊誌2019年2月7日号(「検証報告書」では「2019年2月10日発売号」と記載されていますが、正確には、1月31日発売、2月7日号)の記事は、「二週間毎晩レイプした」という衝撃的なタイトルで、本文中にも「レイプ」という言葉が使われています(この記事はサイトでも読むことができます)。

一方、「検証報告書」では、「連日のようにホテルで性行為に応じさせられた」(20頁14行目)となっており、「毎晩」ではなく「連日のように」に、「レイプ」ではなく「性行為に応じさせられた」に変わっています。

日本ではまだ、“レイプ”は邦訳の“強かん”という解釈が一般的です。広辞苑によると、“レイプ”は“強姦”と同意語とされ、「暴行・脅迫の手段を用い、または心神喪失・抗拒不能を利用して女子を姦淫すること。無理やり女性と交わること。強淫。婦女暴行」を意味します。刑法犯としての強制性交罪(刑法177条)と同義といって良いでしょう。こうした意味のほうが定着しているため、“レイプ”という言葉から受ける印象は、暴力的で強烈なものがあります。

検証委員会は当然、報道された「レイプ」が、暴力などを伴う強制であったのか、検証したはずです。その結果が、合意のないまま「性行為に応じさせられた」であるのなら、週刊誌報道が見出しに「レイプ」を使うのは行き過ぎといえるでしょう。

サバイバーの二次被害につながる可能性も

このようなセンセーショナルな見出しは、読者の注意を引きつけるためのよくある手法です。しかし、事実と異なる見出しはレイプのサバイバー(生還者)に対する二次被害につながりかねません。

「検証報告書」には、「広河氏が『自分は文春の商業主義的、もしくはMeToo運動にのった時代の犠牲者である』とさえ認識しているところがある」(108頁23行目)と書いています。事実の指摘ではなく、「〜とさえ認識しているところがある」という検証委員会の“認識”を持ち出しています。検証委員会の主観を利用して、読み手にあたかも事実であるかのように思い込ませるテクニックはこの「検証報告書」でよく使われている手法です。こうした手法の問題点は後の回で改めて書きますが、ここでは、「文春の商業主義的」を広河氏の言い逃れのように扱っている点に注目してみましょう。

検証委員会は、記事を掲載したこの週刊誌の“商業主義”に関して、検証の際に一切考慮しなかったのでしょうか。

日本の週刊誌の多くは、海外の大衆紙(タブロイド紙)やゴシップ雑誌もそうですが、いわゆる新聞のニュース報道とは違い、「売れる」手法が優先されます。新聞や出版の経営難はどこも同じで、売り上げを伸ばすために、強引な取材を繰り広げるメディアもあり、プライバシーの侵害などの問題があちらこちらで起こっています。

英ロイター研究所、「性的関係の暴露をジャーナリズムの使命と解釈」と批判 

イギリスのタブロイド紙については、最近の英国王室ハリー王子とメガン妃のトラブルが日本でも話題になりました。ハリー王子の母親ダイアナ妃も、タブロイド紙の餌食にされたのを記憶している方もいるでしょう。

BBCの記事では、日本の週刊誌を大衆誌に位置づけているようなので、少しイギリスの大衆紙についてみていきたいと思います。

タブロイド紙は19世紀末期にイギリスで誕生した大衆紙で、有名人のゴシップ記事やセンセーショナルな事件記事、スポーツ、グラビアなどを多く掲載しています。政治ニュースも取り上げますが、眉唾物や偏向的な記事が掲載されることも多く、批判が絶えません。おかたいニュースを面白おかしく報じるのを、読む側もよくわかっています。

新聞業界の不況がつづくなか、イギリスのタブロイド紙はスクープをとるための手段を選ばなくなってきています。大手タブロイド紙「ニューズ・オブ・ザ・ワールド」(ニューズ・インターナショナル・グループ)は、王室、政治家、有名人、事件当事者の一般人への電話盗聴が発覚し、2011年7月に廃刊しました。

この事件をうけ、ロイター・ジャーナリズム研究所は同年9月に「スキャンダル! ニューズ・インターナショナルとジャーナリズムの権利(Scandal! News International and the Rights of Journalism)」と題した報告書を発表しています。

この報告書では、タブロイド紙について、30~40年前までは真面目な問題も徹底的に論じていたが、ますます消費者の志向に報道内容が傾いていると指摘しています。「タブロイド紙およびゴシップ誌は、私生活、特に性的関係の暴露を自分たちのジャーナリズムの使命であり、ビジネスモデルだと解釈している」と批判し、読者が喜ぶエンターテイメント、スキャンダル、セックスの記事への依存が高まり、暴露のためなら違法なプライバシー侵害まで犯すようになっているというのです。

盗聴事件の後も、タブロイド紙はヌード写真を掲載し、性暴力事件でも加害者を擁護するレイプカルチャー的報道をするなど、女性蔑視の論調はつづいていました。#MeToo運動がどれだけ盛り上がっても、その傾向は変わらず、たとえば、英国インディペンデント紙は、「タブロイド紙の女性蔑視が虐待的で危険な男たちを擁護している」と厳しく非難しています。

増加する海外のセクシャルハラスメント報道」で書いたように、海外では、#MeToo運動を真剣に報じるのは一般紙やニュース番組であり、そういったメディアでの報道の増加が、この運動の大きな後押しになりました。

日本とイギリスはメディア業界の事情が異なりますが、日本の多くの週刊誌とイギリスのタブロイド紙は、読者の低俗な関心に迎合する傾向が共通しているといえます。

マスコミは性暴力を真剣に報道してきたか?

イギリスとの大きな違いは、日本の新聞が、セクハラなど女性に対する性暴力に関してほとんど真剣に取り上げていないことです。この状況は深刻です。

海外では、性暴力を誠実に報道するために言葉遣いなどを厳しく規定している団体もあります。次回はそれを紹介し、真の意味でのサバイバー(生還者)救済に逆効果ですらある、日本でのブレーキの効かないセクハラ報道の問題点を検討していきます。



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