セクシャルハラスメント(以下、「セクハラ」)の認定は、厚生労働省が2017年9月に発行した「職場におけるハラスメント対策マニュアル」の「3 ハラスメント事案が生じた場合の対応と解決処理 (4)事実関係の調査 イ 事実関係の確認に当たっての留意点」(30~32頁)に、「相談者と行為者に事実確認を行い、意見が一致しない場合に第三者に事実確認を行います。」とあるように、当事者の証言のみでの認定はありえません。
報道機関においても、セクハラや性暴力を報道する際にはまず事実確認、ファクトチェックが重要であり、英語ではセクハラなどの情報源を必ず複数形(sources)で表すことからもわかるように、証拠がひとつだけではセクハラとして報じたりしません。
その基本原則に照らすと、「デイズジャパン検証委員会『報告書』」(以下、「検証報告書」)におけるセクハラ認定に関して、さらに厳密な判断が必要と考えます(検証委員会サイト)。
検証報告書では、広河氏による「環境型セクシャルハラスメント」被害者が1人と書かれています。
19頁15行目(第3広河氏によるハラスメント行為、1 広河氏によるセクシャルハラスメント、(1)概況)
環境型セクシャルハラスメント(AVを社員が見える場所に置く) 1人
その証言は次のようになっています。
24頁14行目(第3の1(2)オ 環境型セクシャルハラスメント)
広河氏のデスク近くの段ボールのなかに大量のアダルトビデオがあってぎょっとしたことがあった。当時は、女性の権利問題か何かの資料かもしれないとも思ったが、週刊誌報道があって以降、やはりそうではなかったのではないかと思ってしまう。(広河事務所)
検証報告書の「環境型セクシャルハラスメント」の証言はこれしかなく、「環境型セクシャルハラスメント 1人」の被害者は、この証言者を指すようです。
証言にある「やはりそうではなかったのではないか」とは、セクハラのことを指すと思われます。
この件について、検証報告書で次のように勧告しています。
109頁15行目~17行目(第12 ハラスメントの責任履行の勧告、1 広河氏の責任、(1)判明した被害者への謝罪と慰謝)
環境型セクシャルハラスメントと環境型パワーハラスメントにより執務環境を害され、また、不快感をもった関係者は多数存在すると思われる。したがって、広河氏は、環境型セクシャルハラスメントとパワーハラスメントについても、事実を認め、謝罪の意思を公表するべきである。
以上が、この問題での検証報告書の記述です。
証言者は、最初は「女性の権利問題か何かの資料かもしれないとも思」い、「週刊誌報道があっ」た後、あのアダルトビデオは「やはりそうではなかったのではないかと思ってしま」ったと告げ、その発言で、検証委員会は広河氏が環境型セクハラを犯したと判断しました。
検証委員会は、証言者の「やはりそうではなかったのではないか」という言葉を信じて、それ以上の事実確認をしなかったのでしょうか。
ネットで「DAYS JAPAN アダルトビデオ」と検索すると、検証報告書にある「広河氏のデスク近くの段ボールのなかに大量のアダルトビデオがあって」という内容が出てきます。
深刻な被害は20代ボランティアらに集中…広河隆一氏の性暴力、検証委が詳細記述
毎日新聞 2019年12月27日 22時00分(最終更新 12月28日 15時32分)
2019/12/27 - 月刊誌「DAYS JAPAN」元発行人でフォトジャーナリストの広河隆一氏(76)から性暴力やパワーハラスメントを受けたと ... の強要3人▽性的身体接触2人▽裸の写真の撮影4人▽性的関係に誘うなど言葉によるセクハラ7人▽アダルトビデオを ... 【中川聡子、塩田彩/統合デジタル取材センター】
広河隆一氏の「性暴力」を認定 性行為要求、ヌード撮影……7人の女性による核心証言
「週刊文春」編集部 2019年12月27日
2019/12/27 - 「週刊文春」に掲載されたライター・田村栄治氏の記事により明るみに出たフォトジャーナリスト・広河隆一氏のセクハラ、パワハラ ... 氏のセクハラ、パワハラ問題。12月27日、検証委員会の報告書が自身が発行人を務めていた「DAYS JAPAN」のウェブサイトで公開された。 ... の撮影4人・言葉によるセクシャルハラスメント(性的関係に誘われる等)7人・環境型セクシャルハラスメント(AVを社員が見える場所に置く)1人.
しかし、これらの他に、比較的上位に、次のようなニュースもヒットしました。
『DAYS JAPAN』2007年11月号(注:現在は削除)
DAYS JAPAN9月号「Women's Report 22 アダルトビデオの中の犯罪」をめぐるコメント 編集後記/次号予告、サポーターズ通信、お知らせ...
『DAYS JAPAN』2007年11月号の目次のなかに、「DAYS JAPAN 9月号「Women's Report 22 アダルトビデオの中の犯罪」をめぐるコメント」が見つかりました。
デイズジャパン社のホームページで『DAYS JAPAN』のバックナンバーを調べたら、2007年9月号 (8月20日発売)に 「アダルトビデオの中の犯罪」を取り上げ、2007年11月号(10月20日発売)に「DAYS JAPAN9月号「Women's Report 22 アダルトビデオの中の犯罪」をめぐるコメント」の記事が掲載されていました。
当会で、この2冊の『DAYS JAPAN』を入手し、「アダルトビデオ」の特集が事実であることを確認しました。
『DAYS JAPAN』で取り上げたのは、アダルトビデオの女優にすさまじい暴力をふるい、それを撮影していて逮捕に至った「バッキー事件」です。これは、『DAYS JAPAN』での、ウィメンズレポートの連載の一つでした。
広河氏に問い合わせたら、次のような回答がありました。
この暴力事件を記事にするために、ポルノ暴力の告発運動と研究を行っていた福島大学の中里見博准教授(当時・現大阪電気通信大学教授)の研究室に問い合わせた。そして福島大学からは段ボール一箱の「バッキ―事件」の証拠ビデオが送られてきた。
広河氏によれば、『DAYS JAPAN』では3回、「アダルトビデオの中の犯罪」についての報告を行っており、1回目は2007年9月号で、事件を奇跡的に撮影したレポーターの宮永さくら氏に写真の提供を受け、中里見氏の協力のもと、この事件を追及する女性ライターの天木リウ氏の記事を発表しました。
この記事が大きな反響だったため、2007年11月号では、「アダルトビデオの中の暴力」の記事についての読者の感想を集めて掲載しています。
この事件は、ビデオ制作会社「バッキービジュアルプランニング」によるAV女優や素人モデルに対する強姦致傷事件で、AV制作関係者は逮捕されましたが、証拠不十分で釈放されました。その後警察が動き、AV制作者たちに最大18年という裁判の判決が下されました。
3回目の記事報告は、判決を受けて、最初の発表から約1年後の2008年7月号の『DAYS JAPAN』に発表されました。
広河氏は中里見氏から証拠となっているアダルトビデオを借用し、使用後に福島大研究室に返却するまでのおよそ1年以上、編集部の別の階にある社長室兼広河事務所に、送られてきた段ボール箱に入れたまま保管していました。「このビデオのことは、『DAYS JAPAN』掲載記事が大きな反響を得たこともあり、当時のデイズジャパン社および広河事務所の職員はほとんどの人は知っていた」と広河氏は言います。
今回の検証委員会のヒアリングで、その当時アダルトビデオが入った段ボール箱を目にしたことを伝えたようですが、委員会は広河氏に問い合わせをしておらず、編集者にも事実確認をしていないようです。
一人が話したことをそのまま信じて、環境型セクシャルハラスメントと認定していることになります。
裏をとらずに判断を下すのは、検証委員会のあるべき姿とは思えません。
なお、報告書の109頁28行目に、「(3)二次加害被害をしないこと。広河氏はまず自分がおこなったことを直視し、独善的で自己中心的な弁明を公の場で行うことは控え、これ以上被害者らに恐怖と不安と不安感を与えるような言動は絶対にしないよう、行動を自重することを強く求める」とありますが、当記事での広河氏のコメントは事実誤認の意見に過ぎず、その指摘に当たらないと思います。
もし、ひとつだけの証言で「環境型セクシャルハラスメント」を認定したのであれば、その認定方法には欠陥があると指摘します。
検証報告書の認定の証拠を複数示すことができるのであれば、検証委員会に認定の見解を問いたいと思います。