ジャーナリストのための性犯罪報道ガイダンス1/4 統一したルールがなく配慮に欠ける日本

ガイダンス


 

 

#MeToo運動の拡大でメディアはサバイバーの声を肯定的に伝えるようになりましたが、長い間、「レイプは、される側に落ち度がある」というレイプカルチャーの概念が根底にあり、加害者を擁護し、サバイバーを傷つける報道が少なくありませんでした。

報道姿勢は変化しているものの、この問題をよく理解していないジャーナリストが取材する場合もあり、いまだ酷い報じ方も目にするとの指摘があります。

イギリスやアメリカでは、複数のジャーナリズム関係機関や性被害者支援団体などが、「性被害を報道するうえでのジャーナリストのためのガイドライン」を準備し、サイトでも公開しています。人権を侵害するような取材、心無い言葉遣いや写真掲載で、サバイバーたちを傷つけないためにも、また過度に煽る報道がなされないためにも、最低の規定は必要です。

日本でも、「性暴力と報道 対話の会」が作成した「性暴力被害取材のためのガイドブック」が2016年12月に公開されています。「性暴力と報道 対話の会」は、性暴力被害経験者と報道記者で2015年6月から開催され、2016年3月にガイドブックの制作をはじめたそうです。

22ページの小冊子は、性暴力被害者・サバイバー向けに「取材って何?」「取材を受けるときの確認リスト」、記者向けに「性暴力被害の取材するにあたって」「記者が取材をするときの確認リスト」、そして、「トラウマを理解した取材について」「落ち着くための方法」「グラウンディング」「記者の傷つきとそのケア」が11ページにわたって書かれています。その他、当事者の取材体験ケーススタディー、記者や関係者の寄稿などに7ページを使っています。

日本ではこの「性暴力被害取材のためのガイドブック」が、公開されている唯一のセクハラや性暴力の報道に関する手引書のようです。このガイドブックが、報道機関でどのように活用されているのかは不明です。

少なくとも、日本では、アメリカに本部を置く「ジャーナリズム・トラウマ・ダートセンター(DART CENTER for Journalism and Trauma)」(以下、ダートセンター)、報道関係者の労働組合の国際ジャーナリスト連盟(International Federation of Journalists)、イギリスの新聞・出版業界の独立出版監視機関IPSO(independent press standards organisation)(以下、IPSO)などのように、報道関係機関が制定したジャーナリスト向け性犯罪報道ガイドラインはいまだ存在せず、そうした議論も起きていません。

メディアが設定した規定


日本は報道機関の総合的な規定ではなく、各社の犯罪報道基準のなかに性犯罪について明記されています。たとえば、「朝日新聞」(以下、「朝日」)は、「性犯罪の被害者は、匿名を原則とし、住所、職業、年齢も、被害者が特定されない書き方とする」「性犯罪の内容に触れる場合は、端的に簡潔に伝える。以上については、被害者が実名報道を望む場合や、性被害を明確にして訴えたい場合はこの限りではない」(朝日新聞事件報道小委員会『事件の取材と報道』朝日新聞社、2012年)とされています。

「読売新聞」(以下、「読売」)は、「性犯罪の被害者は匿名とし、被害者が特定されないよう記述全体に配慮する」「婦女暴行の方法や状況は原則として記事にしないが、報道の必要があるときは、簡潔に書くことができる」(読売新聞社編 『「人権」報道―書かれる立場 書く立場―』中央公論新社、2003年)となっています。

犯罪報道におけるサバイバーの人権侵害が問題となり、改善がなされた結果、性的事件の被疑者がセンセーショナルに扱われる傾向は少なくなってはいます。匿名を使うなど、当事者のプライバシーを伝えることに慎重な姿勢もみられます。

しかし、日本の新聞では、セクハラや性暴力などの性犯罪の独自取材が少ないのに対し、警察発表が多く、その場合、被害に遭った人への配慮が十分とはいえません。

身元が特定されないよう、匿名にしていても、職業(たとえば小学生とか高校生とか)や年齢(日本では「10代」という書き方ですが、海外では「16歳未満」「未成年者」を使用)、加害者との関係がわかる記述(教え子など)を使用しています。記事を読むかぎり、被害を受けた人の了解を得たようにはみえません。

たとえば、2021年5月12日に報じられた、「東北の楽団員が強制わいせつの疑いで逮捕」のニュースは、「朝日」(現在は削除)、「読売」、「河北新報」、「日刊スポーツ(共同通信)」(現在は削除)で短く報じています。

「朝日」以外は、事件を淡々と伝えているだけですが、被害に遭った未成年の女性の年齢、事件が起きた場所、具体的なわいせつ行為の内容が書かれています。

「朝日」は、被害者の職業、加害者との関係を「~という」といった伝聞の表現で伝えています。加害者とされる男性の経歴は楽団のホームページからコピペしており、被害者の「関係者によると」として、具体的な被害内容を記述しています。被害者に実際取材したとは書いておらず、被害者の了解を得たのかどうかも、はっきりしません。

それでは、イギリスやアメリカなどの報道機関が設定している性犯罪報道のガイドラインをみてみましょう。これらのガイダンスは、身元を特定する情報は公開しないといった報じる際の注意点だけでなく、取材方法や報道後のフォローなどを細かく規定しています。

ダートセンター トラウマとジャーナリズム

米国の「ダートセンター トラウマとジャーナリズム」(以下、ダートセンター)は、2011年7月15日に、「性暴力に関する報道(Reporting on Sexual Violence)」を設定し、ホームページで公開しています。

ガイドラインの日本語訳は「性暴力報道のためのガイダンス(Reporting on Sexual Violence): ダートセンター」をご覧ください。

ダートセンターは、1991年、ミシガン州立大学の精神医学教授で心的外傷ストレス治療のパイオニアであるフランク・オックバーグが創設した、ジャーナリストの取材活動をサポートする国際的な組織です。1999年からニューヨークにあるコロンビア大学ジャーナリズム大学院に本部を置きます。

「報道内容が街頭犯罪または家庭内暴力、自然災害、戦争、人権問題のいずれであっても、効果的なニュース報道には、知識とスキル、サポートが求められる」と認識するダートセンターは、この課題に取り組むために必要なリソースを世界中のジャーナリストに提供し、さらに、ニュースの専門家、メンタルヘルスの専門家、教育者、研究者らによるグローバルで学際的なネットワークを形成しています。

ダートセンターの性暴力報道ガイドラインは、「性暴力を報じるための取材準備から記事執筆までの簡潔なヒント」として、「準備と接触」「インタビュー」「記事の作成」についてのアドバイスからなります。

「性暴力報道には、特別な配慮および、より一層の倫理的感受性が求められます。専門的なインタビュー技術、法律に対する理解、トラウマの心理的影響に関する基本的な認識が要求されます」との前文に続き、「ジャーナリストは、インタビューされる人の苦痛を悪化させないよう、特別の配慮が必要」と忠告します。また、性暴力は広範囲にも影響を及ぼすことを警告します。

「準備と接触」のトップは、「性暴力の予想される影響と原因について徹底的に予備知識を得ること。地域の状況および実情を調査してください」とあります。そして、地域の専門家または支援機関に相談することも勧めています。

実際の取材にあたり、「ほとんどの場合、女性の被害者は、女性からインタビューされたほうが安心感を抱くと思われます」ともあります。

「インタビュー」の注意事項は非常に細かく記されています。

「インタビュー中は、安心感を作りだすこと」
「良いインタビューの秘訣はこちらから積極的に働きかけ、偏った判断を避けて聞くこと。これは簡単に聞こえますが、上達するには時間と努力が要求される技術です」
「自分自身の反応がどのように会話に影響するかを過小評価しないこと」
「インタビューされる人に何らかの責任があることをほのめかす可能性のある言葉はすべて避けます。質問者が好む〝なぜ〟という問いかけには注意してください」
「サバイバーがどう感じているかわかると言ってはいけません」

性犯罪を体験した人への取材がいかに難しく、技術を必要とするかは、この注意事項を読めばわかります。

さらに「記事の作成」では、正しい言葉の使用を強調しています。「暴行を説明するときは、詳細な写実の分量のバランスを考えます。多すぎるのは余計であり、少なすぎるとサバイバーの事件を軽視することになります」と釘を刺します。そして、「事実誤認を見つけることができるので、掲載前に自分の記事の一部をサバイバーに読んでもらうことを考えましょう」ともあります。

また、特定の出来事、その悲劇的側面だけに偏るのではなく、記者は「暴行が長年の社会問題の一部、軍事紛争、またはコミュニティの歴史の一部である可能性をよく理解し」、事件の全体像について伝えるようアドバイスします。

国際ジャーナリスト連盟

国際ジャーナリスト連盟は、2014年1月31日に「女性に対する暴力の報道のためのガイドライン(IFJ Guidelines for Reporting on Violence Against Women)」を発表し、ホームページで公開しています。

国際ジャーナリスト連盟は、1929年にフランス・パリで創設され、1952年からベルギーのブリュッセルに本部を置いています。140カ国以上の187の労働組合が加盟する、世界最大のジャーナリストの労働組合です。

日本からは、日本民間放送労働組合連合会と日本新聞労働組合連合が国際ジャーナリスト連盟に参加しています。ただ、日本の両労働組合のホームページには、女性への暴力の報道ガイドラインの活用についての記述はありません。

このガイドラインは10項目からなり、最初に、女性に対する暴力とは、「1993年12月20日の国連第47会期に採択された『女性に対する暴力の撤廃に関する宣言』において国際的に認められた定義により正確に特定する」とあります。

二番目には、「偏った判断を避け、正確な言葉を使用する」「良いジャーナリストは、生々しい詳細をどれだけ入れるか、うまく調整するだろう。多すぎるのはセンセーショナルかもしれず、不必要といえる。少なすぎるのは、被害者の事件の深刻さを低減させるかもしれない」といった表現方法について指摘しています。

こうしたデリケートな取材には、「女性記者が出席するべきであり、取材環境は安全かつ非公開でなければならず」、「取材される人が、さらなる虐待にさらされることを避けるために、できる限りのことをしなければならない」、「サバイバーを尊重し」、「報道される内容について詳細かつ完全な情報、どのように報道されるかを知らせる」とあります。

また、「統計や社会的背景の情報を使う。より大局的な視点からの情報を読者や視聴者は与えられるべきである」「関連した役に立つ情報を提供することにより、つねに理解を深める」とし、「女性に対する暴力が解決不可能な異様な悲劇であるという印象を与えない」報道をするよう提唱しています。

ここでも、ダートセンターのガイドライン同様、「全体的なストーリーを語る。メディアはしばしば、他と異なる出来事に特化し、その悲劇的側面に焦点を当てがちだが、記者は、暴行が長年にわたる社会的問題……かもしれないということをよく理解する必要がある」と記されています。

さらに、「正しいインタビュー技術、質問、場所について、専門家、女性グループ、地元の団体と連絡をとる」ことでよい仕事ができるとあり、「地元の支援団体やサービスの連絡先といった、サバイバー/目撃者、家族、関与するかもしれない人にとって極めて重要かつ役に立つ情報を入れて報道する」よう推奨しています。

 

ジャーナリストのための性犯罪報道ガイダンス2/4 メディアの独立機関による規定

ジャーナリストのための性犯罪報道ガイダンス3/4 人権団体が設定した報道ガイダンス

ジャーナリストのための性犯罪報道ガイダンス4/4 ユネスコの性暴力報道ハンドブック

 

デイズジャパン最終検証報告書の検証(6)  報道に規制を設ける海外団体

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