『ローリング・ストーン』誌のレイプ誤報を教訓にする海外メディア2/2

海外の報道

 前回の「『ローリング・ストーン』誌のレイプ誤報を教訓にする海外メディア1/2」の続きです。

この記事を書いたアーデリー記者は、フィラデルフィアを拠点とするライターで、2008年から『ローリング・ストーン』で執筆していました。彼女は犯罪報道が得意で、小児性愛司祭や軍隊内の性暴力についても書いてきました。誠実との評判が高く、当時の雑誌編集長は、「多角的視点から難解な出来事をうまく扱うことができる、綿密で注意深いライター」と評価していました。

2014年春、『ローリング・ストーン』の編集者は、アーデリー記者に大学の性暴力に関する記事を担当させます。この数カ月前から、アメリカでは、イエール大学、ハーバード大学、コロンビア大学、ヴァンダービルト大学、フロリダ州立大学でレイプ事件が多発し、しかも、大学がその事実を隠蔽しているといった問題がメディアで大きく取り上げられていたのです。

レイプ事件を探していたアーデリー記者は、2014年7月、ヴァージニア大学で性暴力問題に取り組んでいるレイプ・サバイバーの女性から、“ジャッキー”の仮名で知られることになる3年生の女子大生を紹介されます。

7月14日、ジャッキーはアーデリー記者に電話で、恐ろしい出来事を赤裸々に語りはじめました。

ジャッキーが新入したばかりの2012年9月、知り合いのプール監視員の3年生から、フラタニティ・パーティーに誘われます。夜中過ぎ、デート相手である男子学生に2階の暗い寝室に連れ込まれた彼女は、7人の男性にレイプされたというのです。

その話を聞いたアーデリー記者は、ジャッキーの説明に不審な部分もあったものの、「信頼でき、つじつまがあう」として、編集者に提案します。

ヴァージニア大学で起きたというレイプは、雑誌の有力なネタにみえました。アーデリー記者は、大学に不正があると疑っており、このレイプ事件が、その疑惑を証明すると信じていたのです。

アーデリー記者は、2014年7月から記事発表の10月までの間、ジャッキーに7回以上取材したといいます。

最初の取材で、ジャッキーはアーデリー記者に、現場から逃れた後、助けを求めて3人の友人に電話をしたと言い、ライアン、アレックス、キャサリンと名だけ伝えました。レイプの首謀者の監視員については、報復を恐れ、フルネームを教えられないと告げています。

7月29日、アーデリー記者はジャッキーに、証言を裏付けるために、ライアンからのコメントがほしいと頼みます。しかし、ジャッキーからは返事がありませんでした。

アーデリー記者が初めてジャッキーに会った9月11日にも、ライアンに話すよう繰り返し頼みましたが、ジャッキーは、「ライアンに話したが、かかわりたくないと断られた」と返答しています。

また、証言を裏付るために、メッセージの文面や雇用記録、健康記録を要求し、襲われた夜に着ていた血のついた赤いワンピースを調べたいとも頼みました。しかし、ジャッキーは、「赤いワンピースは母親が捨ててしまった」と答えています。

結局、アーデリー記者は全面的にジャッキーの話に頼ることになります。彼女が提供した情報、たとえば監視員の名前も存在も自ら調査しませんでした。『ローリング・ストーン』の編集者は、ジャッキーの言う3人の友人に接触できなかったにもかかわらず、彼らを仮名にすることで記事の掲載を決めます。

担当編集者は、3人の友人を仮名にした第一稿を読み、3人と連絡をとるよう求めましたが、アーデリー記者はできないと答えています。記事には、ジャッキーの友人のコメントが入っていますが、コロンビア大学の調査で、ジャッキーが話したライアンとの会話はすべて作り話だったことが判明しました。

「彼女は非常にはっきりとその場面を説明していた…疑わなかった」と、アーデリー記者とジャッキーとの4時間以上におよぶ電話取材に立ち会った、『ローリング・ストーン』のファクト・チェック担当者も述べています。

記事が発表された1週間後、アーデリー記者と電話で話したジャッキーは、何度も礼を述べたそうです。

アーデリー記者は、ジャッキーが暴行を見ていた監視員の名前を教えたがらないことが気がかりでした。「その男性はいまだに野放しで、危険だ」とアーデリーに警告されたジャッキーは、ついに名前を明かします。ところが、彼女は男性の名前のスペルを正確に覚えていませんでした。自分を酷い目にあわせた人の名前をなぜ知らないのか、アーデリー記者はこのときはじめて、不審感を抱きました。

アーデリー記者は自分が書いた記事の整合性が心配になり、ジャッキーから教えてもらった名前を調べましたが、彼がプールで働き、フラタニティのメンバーだといったことは何も確定できませんでした。

12月4日夜中過ぎ、アーデリー記者はジャッキーと電話で話して疑いがさらに大きくなったため、主任編集者に連絡し、記事の正確さに自信がなくなったと相談しました。

『ローリング・ストーン』の記事を調査したコロンビア大学は、「すべての犯罪のなかで、レイプはおそらく最も報道するのが難しいテーマ」として、レイプ事件の報道において、ジャーナリストが注意しなければならない点をいくつか挙げています。

性暴力に取り組む記者が直面する共通の難解さは、証拠が少なく、サバイバーと加害者とされる両者の話が対立することにあります。『ローリング・ストーン』のように、充分な調査がなされておらず、加害者の有罪判決が下されていないケースはより困難といえます。

アーデリー記者の取材でつじつまの合わない箇所があったにもかかわらず、担当編集者がその矛盾を埋めるよう記者に指示していませんでした。調査報告書では、意見が分かれる感情的で厄介な問題に取り組んでいる調査報道記者には、編集者が盲点を指摘し、できるだけ多く電話をし、現場に出かけ、時間がかかっても取材を完璧にするまで妥協すべきではないと書いています。

『ローリング・ストーン』の当時の発行人は、発行前にそれぞれの記事の約半分を読んでおり、アーデリー記者の原稿にも目を通しています。ジャッキーの事件は「非常に強烈で、良い記事」との感想を持ったものの、編集長に丸投げし、「原稿を深く読み、取材の矛盾を見抜き、それを補充するよう促す」ことはしませんでした。編集長は、この記事の過失は「自分の責任だ」と認めています。

また、『ローリング・ストーン』の記事は、スリリングで流れるような読み応えのある文章だったといわれ、引用文の出典と事実を明確に示されておらず、透明性に欠けていたのが問題視されています。ジャーナリズムにおいて、記者や編集者が望むすべての情報提供者と連絡がとれるわけではないため、記事を掲載する際に、何がわかり、何がわかっていないかを読者に明確にしなければなりません。

しかし、ジャッキーを誘ったという監視員の仮名を使いながらも、アーデリー記者と担当編集者が彼の本名を知らないことを読者に明らかにしておらず、本人からではなく、ジャッキーから得た話を引用して、友人がコメントしたように書いていたのです。

この誤報事件は、報道倫理に従い、証拠に基づいて性暴力を報じる重要性を示す教訓となっています。

 



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