NYTセクハラ報道のベテラン女性編集者が語る調査取材の重要性 3/3

海外の報道

前回は、「ニューヨーク・タイムズ」(以下、「タイムズ」 )のワインスタイン性犯罪報道で、編集者のレベッカ・コルベットが実践した4つのステップのうち、3つまでを紹介しました。

今回は、最終段階である、記事作成についてみていきます。  

ステップ4「記事をどう書くか?」
確固とした証拠があり、結論が正当化され、記事が公平であるという、説得力のある主張をどう展開するか?

調査報道の記事について、コルベットは、講演(2020年3月2日 ロイター研究所・オックスフォード大学主催)で次のように述べています。

調査記事は、断言と証拠、結論を支える証拠の組み合わせです。すべての言葉がファクトチェックされなければならず、すべての断言が説明を要求され、弁護されなければなりません。編集者としての私の役割は、記事をできる限り強力なものにするよう手助けし、記事を効果的に問いただし、停滞しているものを削除しながら、記事のあらゆることを問うことにあります。

「タイムズ」のコルベット、バケット編集長、バーディ(編集者)が、記者ジョディ・カンターとミーガン・トゥーイーに「書け!」という指示を出したのは、9月29日の朝でした(『その名を暴け #MeTooに火をつけたジャーナリストたちの闘い』223ページ、以下すべて同書)。

その前日の深夜、ジョディは、ワインスタイン・カンパニーの元女性管理職オコナーが作成した、元女性従業員の被害をまとめたメモのコピーを入手します。

貴重な証拠をつかんだことにより、記事発表が現実化したのです。

このころ、「タイムズ」の取材チームは、同じくワインスタインの件を記事しようと、ジャーナリストが動いていることを知ります。

ローナン・ファロー氏が「ニューヨーカー」誌でこの件を記事にすることに気づき、記者たちは、記事の発表を認めさせるために、より多くの情報を集めました。

「記者チームはまず、何を書けばいいのかを議論」 します。編集長らは、「厳密な証言と示談の証拠を示したうえで、できる限り早く発表することを望んでいた」のですが、コルベットとふたりの記者ミーガンとジョディは、できるだけ早く記事を発表したいとはいえ、「最初の記事では、これまで取材してきたワインスタインの権力を、より幅広くとらえて表現しなければならない」と考えていました。

コルベットは、「バケット編集長とバーディからの要請を食い止めながら、3人の頭の中で形が決まってきた記事を、できるだけ早く書くようにジョディとミーガンの背中を押し」ました(224ページ)。

「書け!」と指示が出た9月29日の午後、コルベットは、ジョディとミーガンとともに、メモを作成したオコナーとその代理人弁護士と電話会議を行います(226ページ)。「報道する価値の高い事実を伏せて記事を書くことはできない」ため、彼女の承諾が必要だったのです。

電話会議はコルベットが進行しました。「いつもはできるだけ中立的な立場で人々の話を聞き、バケット編集長と同じように、情報提供者とのやりとりは記者に任せるのだが、今回は主導権を握り、記者にはできないやり方で話を進めた」とあります。

そのやりとりの様子は、『その名を暴け』 に書かれています。「『このメモを掲載しなければならない』とコルベットは、優しいが断固とした口調で告げた」「『オコナーさんがコメントを拒否したと明記し、メモの提供者はオコナーさんではないとはっきり示し、報復されないようにすることはできます』『このメモの信憑性を示すために、書き手のあなたの名前を出すつもりです』」と述べ、さらに、「名前を出さないでおくために、さらに反対するのであれば、こちらとしては受けて立つしかありません、と付け加え」ました。

こうして、メモは名前を明かして掲載されることになります。

この翌日の9月30日夜には記事の草稿ができあがり、コルベットはそれを受け取っています。記事作成の作業には、もちろんコルベットも加わります。「記事のデータファイルにはひとりの記者しかログインできないため、ジョディが記事を書き終わったら、次にミーガン、コルベットの順で書き、最後に校閲専門の編集者」がチェックするといったぐあいです(243ページ)。

10月2日、ワインスタイン側に取材結果を開示する準備のための会議が行われました。「入手した情報を、記事を公開する前に調査対象差に開示するのはジャーナリズムの通例」(240ページ)です。

コルベットは、「ワインスタインには48時間(の回答時間を)与えなければならないと考えて」いました。「48時間与えれば、新聞社側は『すべて正しい手順でおこなわれた』と主張することができ、ワインスタインに『タイムズは不公平だ』と言わせずに済む」からです。

ところが、バケット編集長は、48時間は多すぎるとの意見でした。結局、10月3日、午後1時の電話会議で、ワインスタイン側から回答時間を聞かれ、コルベットは「こちらとしては、今日中に回答をもらえればと思っています」と答えます。

それに対し、ワインスタイン側は2週間を要求しましたが、最終的には、48時間の回答時間を与えることになりました。

私たちは、かなり詳しく調査結果をワインスタイン氏に開示し、彼に返答するための時間を与えなければなりませんでした。彼のキャリア、評判、おそらく自由が危険にさらされることになります。最後の最後に向けた論争のプロセスの間中、上層部が私たちのバックにいました。編集者のディーン・バケットは、ワインスタイン氏側チームとの最後の電話会議に合流し、私たちに声明を送る必要があることを、彼らに告げました。私たちの法務責任者の弁護士が、私の背後であらゆる草案を読んでいました。

3日の電話会議の1時間後、女優アシュレイ・ジャッドが名前を公表することを承諾します。

報じるほんの数日前に、記者たちは、被害者とみられる人に、自分の話を記事で公表するかどうか、尋ねました。全員が影響を心配しましたが、他の人を守るために声を上げる義務を感じてじていると言う人も数人いました。アシュレイ・ジャッドさんが、私たちの記事に引用された最初の有名女優になり、6人の他の女性も記事で名を明かしました。

ジョディとミーガンは執筆しつつ、最後の取材を進めました。さらに、重要な最終段階にやるべきことがありました。私たちは、告発者を入念に調べなければなりませんでした。目的は、犯罪記録、誰か他の人に対するセクシュアル・ハラスメントか不正行為の以前の告発、ふしだらな履歴書といった、事後に驚くようなことが何も起きないようにするために、確実にしておくためです。

これらのいずれも、必ずしも不適切とみなさないでしょうが、それらが後で、女性たちへの攻撃手段として使用され、他の人の評価を落とさないように、それらは読者に公開されなければならなりません。記者たちが女性たちに説明するという努力の成果が、女性たちと記事を守ることになります。

私たちは、独立した報道機関のジャーナリストであり、提唱者でも検察官でもありません。私たちは、公平性の基準を満たさなければならず、事実を掘り出し、説明責任を求める以外の特定の結果やアジェンダを追求してはいけません。

ワインスタイン側から18ページにわたる抗議文が届いた10月4日の深夜、記者たちが帰った後も、コルベットはキーボードから離れませんでした。「静まり返った編集局で、彼女はようやく本当に集中して記事を編集することができた」のです。「記者たちがそれぞれ、記事のさまざまな部分にかなり多くの加筆をしていたので、コルベットは書き加えたり補強したりする箇所を考えるためにいったん書くのをやめ、記事全体を再読」し、「記事をもっと隙のない、すっきりした、揺るぎないものにするために、ゆっくり言葉を紡いで」いきました(268ページ)。

10月5日、「午後1時41分に、ワインスタイン・チームから複数の回答が届きはじめ」(274ページ)ます。コルベットと他の編集者たちは、「ワインスタイン・チームの回答文を精査し、編集し、重要な文面を引用し、記事のなかにその文章を入れ」込むという作業を進めました(276ページ)。

最後に、ジョディとミーガン、コルベットら3人の編集者、キーボードに向かっている校閲のトーランの背後に横一列に並び、記事を注意深くチェックし、ついに午後2時5分、記事の公開ボタンが押されたのです(277ページ)。

この「タイムズ」の調査報道は、世界中に大きなインパクトを与えました。

ワインスタインの記事の後に広がった#MeToo運動は、世界中の女性たちに、苦しみを表現し、声を上げ、彼女たちが告発する人々が彼女たちを傷つけたことを暴露するための公開討論の場を提供しました。これらの報告の多くは説得力があり、そして、事業主による抗議行動、政府による調査、記者の注目を巻き起こしました。しかし、それらの報告は、告発者からの返答を得ることを含む、厳格な基準で制約された、ジャーナリズムの行為ではなく、そう触れ込んでいるのでもありません。

ワインスタインの記事を報じた後にくる広がりを私たちが期待していたのか、と聞かれることがしばしばあります。答えはもちろん、ノーです。世界的な反響は、職場でのセクシュアル・ハラスメントおよび性的虐待がいかに一般化しており、継続しているかを明らかにしました。知り合いの女性、つまり、妻、娘、姉妹、同僚が、不正行為にがまんするのはあまりにもありふれたことで、女性たちはそれを話さなかったという事実を、男性たちに気づかせました。女性が自分の仕事のために性を利用する必要がないという、広範な文化的合意をもたらすのに役立ちました。

しかし、問題をどう扱うかは、いまだ多くの点で未解決です。多くの国では、女性はいまでも声を上げることができません。低賃金の職場の女性たちの多くが、何も変わっていないと言っています。富裕国でさえ、態度の変化はさまざまです。

私たちの取材と、他の人たちのそれは、刑事司法システムを含む組織が、長い間、いかに職場で女性を守ってこなかったかについての大規模な検証のきっかけになりました。セクシュアル・ハラスメントと不正行為は組織的な問題であり、それを防ぐためには組織的な変化が求められます。刑法および民法の変更から、女性に沈黙を強いる合意の制限、不正行為に対する企業ルールの強化まで、すべてを含みます。説明責任はどのようなものであるべきかについて、活発な議論があります。どのような犯罪に、どのような罰則がふさわしいか? 罪を犯した人は救われないのか?

ハーヴェイ・ワインスタインは判決を待っているところで、判決を不服として上告する計画です。彼の裁判は終わっていません。ロサンゼルスで別の刑事訴訟中で、複数の民事訴訟も起こされています。

ワインスタイン被告の弁護士は、彼が行き過ぎた#MeToo運動の被害者であると主張しました。このケースは、彼に強かんされたと告発した2人の女性が、後に彼と合意で性交渉をしたため、原告側にとってきわどいものでした。こうした類の行動は、警察、検察、レイプ専門家によると、珍しいことではないそうです。しかし、検察は、こうした事件はほぼ起訴に持ち込まず、陪審員がこうした行動にひどく困惑させられることを心配しています。

しかし、判決では結局、7人の男性と5人の女性の陪審員が、性犯罪訴訟で新境地を開くことに賛同しました。「新しい日」と地方検事は宣言しています。

ワインスタイン氏の調査取材は隠蔽された暴行を明るみにしました。この記事は、責任説明への道筋を提供しました。そして、女性が安心して声を上げ、話を聞いて機会という、新しい意味での「She Said」のフレーズを与えることになったのです。



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