海外の人権派フォトジャーナリストのセクハラ事件1/2  実名告発で徹底的な聴き取り調査

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フォトジャーナリズム業界は、歴史的に男らしい態度を賛美する男性優位主義の文化で知られます。近年は以前に増してフリーランスのフォトジャーナリストへの依存が高まっており、若い女性写真家は、ワークショップや関連イベントで年配の有名フォトジャーナリストに搾取されがちだといいます。

フォトジャーナリストのセクハラは、業界内で長年囁かれていましたが、出版業界や教育機関、知識人らは見て見ぬふりをしていました。

フォトジャーナリズム業界の性的嫌がらせがオープンに語られはじめだしたのは、2018年1月31日、「ヴォックス」が、『ナショナル・ジオグラフィック』誌のパトリック・ウィッティ撮影副監督のセクハラ告発による辞任を暴露したのがきっかけでした。

2月には、同誌にもしばしば作品が掲載される写真家クリスチャン・ロドリゲスさんに対する告発がSNSに投稿されます。実名は伏せられていたものの、同様の体験をした女性写真家たちがメッセージを寄せました。

コロンビア大学ジャーナリズム大学院のコロンビア・ジャーナリズム・レビュー(以下、CJR)は、5カ月以上かけて、50人以上に聴き取り調査を実施し、フォトジャーナリストのセクハラの特別レポート(コロンビア・ジャーナリズム・レビュー「CJR Special Report: Photojournalism’s moment of reckoning」を2018年7月に発表しました。

ここで明らかになったのは、二人の著名な写真家、アントニン・クラトフヴィルさん(チェコ生まれのアメリカ人、世界的に有名な写真エージェンシーVII Photo Agency の創設者)とロドリゲスさん(メキシコシティ拠点のウルグアイ人の写真家)の一連のハラスメントでした。

このロドリゲスさんは、「週刊文春」の記事にも登場します。CJRがこの性的嫌がらせの事実について伝えたのは、「週刊文春」で報じられる5カ月前のことです。

ロドリゲスさんは、南米の十代の妊婦を撮影した作品で知られ、2015年にはラテンアメリカ写真コンクール(Picture of the Year Latam competition)で最優秀賞を受賞しています。
ロドリゲスさんの性的不適切行為は、業界内ではよく知られていたそうです。

CJRの特別レポートでは、個別の聴き取りに応じた8人の女性写真家の証言やメールの文面、ロドリゲスさん本人のコメントが記載されています。

2013~2018年にかけてセクハラの被害に遭った女性たちは、ほとんどが南米のフォトジャーナリストです。その多くは、彼のワークショップの受講生だったり、彼のアシスタントとして働いたり、彼のインスタグラムを通して知り合ったりしています。

ロドリゲスさんは、『ナショナル・ジオグラフィック』の自分の作品の話を持ち出し、不適切な誘い方で彼女らに指導もしくはアシスタントとしての仕事を申し出たそうです。告発の内容は、不適切な性的誘惑から、ヌードや官能的な写真撮影のモデルの要求、さらには、撮影の強要にまでにおよんでいます。

CJRの質問に対し、ロドリゲスさんは「セクハラをしていない」と加害行為を否定しています。彼は、誰にもヌード写真を撮らせてほしいと強要しておらず、女性のヌードをテーマにしたプロジェクトは仕事だと主張します。

ロドリゲスさんの事件が明るみ出たのは、2017年10月のことでした。

25歳のフォトジャーナリストの アンドレア・サルコスさんは、2017年10月にメキシコシティに旅行したとき、フォローしていたロドリゲスさんのSNSを使い、彼に会えないかと連絡してみました。そのメールには、「近い将来、(ロドリゲスさんの)ような道を進みたい」とも書き添えました。

サルコスさんと会ったロドリゲスさんは、コーヒーを飲みながら、彼女のポートフォリオを熱心に批評したといいます。そして彼は、『ナショナル・ジオグラフィック』の出張に同行するアシスタントを雇うつもりだとか、自分がかかわっている写真フェスティバルに彼女を招待するなどの話をちらつかせました。

それからロドリゲスさんは、ホテルの部屋で彼女のヌードを撮影できないかとほのめかしたといいます。彼の要求に驚いたものの、フォトジャーナリズム業界に不慣れなサルコスさんは、著名な雑誌の写真家との仕事に魅力を感じていました。しかし、別の写真家に相談した後、ロドリゲスさんの申し出を断りました。

彼女が写真家に相談したことで性的不適切行為が発覚し、2017年11月に、ロドリゲスさんを含む7人の写真家が所属する国際写真団体「プライム」は、彼をひそかに除名しました。

CJRの調査でロドリゲスさんは、「彼女が私に自分の裸の写真を見せ、他の写真家のヌードモデルをしたと言った後に、撮影を頼んだ」と反論しましたが、サルコスさんは、自分の写真など見せていない、と言っています。彼に送ったメッセージのスクリーンショットには、「私はモデルではない。……アシスタントやフェスティバルの素晴らしい申し出の後に、モデルになるよう頼まれたのは非常に不愉快。あなたの申し出と引き換えに、そのお礼としてイエスを言わせているかのように感じた。……あなたのアシスタントとして一緒に働きたいと思っている女性たちに、公表できないような撮影のモデルになってほしいなんて、二度と言わないことを願う」と書かれていました。

サルコスさんの被害を知った、メキシコシティ拠点のジャーナリスト、アリス・ドライヴァーさんは10月末に、『ナショナル・ジオグラフィック』のサラ・リーン写真編集主任にフェイスブックのメッセージを通し、ロドリゲスさんの行為を抗議しました。リーンさんが返事をよこしたのは翌年2月のことで、この月の号には、ロドリゲスさんが撮影したコロンビアの十代の妊婦の写真が大々的に掲載されていました。ドライヴァーさんに送られてきたリーンさんのメッセージのスクリーンショットによると、「シェアしてくれてありがとう。これまで気づかなくて、ごめんなさい」「(ロドリゲスさんの写真を)最新号に掲載することを知らせたかった。まったく運が悪い。しかも、彼はかなり大げさに本誌との関係を語っている。彼がこんな性格だと知って残念だ」とあったそうです。

この件に関し、『ナショナル・グラフィック』は、CJRに次のような声明を送ってきました。「『ナショナル・ジオグラフィック』はこれを深刻にとらえ、セクハラのあらゆる苦情に取り組んでいます。クリスチャン・ロドリゲスさんに関しては、すでに私たちとの仕事を打ち切っています」 この雑誌のスタッフによると、編集者は1月にロドリゲスさんの不祥事に気づき、彼に発注していた仕事をキャンセルしましたが、2月発売号から彼の写真を取り下げるのは間に合わなかったのだそうです。

2018年2月には、アルゼンチン人写真家ヴィオレッタ・カパッソさんが、名前を伏せて、ロドリゲスさんのセクハラ被害をSNSに投稿しました。

ロドリゲスさんの作品が好きだったカパッソさんは、SNSで彼をフォローし、彼もフォローバックしていました。ロドリゲスさんから、「ブエノスアイレスにいるので、会いたい」とメッセージが送られてきたとき、当時21歳だった新進写真家は有頂天になったそうです。コーヒーを飲みながらロドリゲスさんは、「アシスタントとして彼女を雇いたい」と言い、また、彼女の官能的な写真を撮りたいとも言ったそうです。カパッソさんは不快に感じましたが、いざとなったら断ることにして、申し出に合意しました。大好きな作品の写真家と働きたかった、と彼女は言います。

撮影中、カパッソさんは、彼のアシスタントになりたいがために、何でも従いました。撮影が終わり、二人は握手して別れたのですが、翌日、彼はベッドでの自撮り写真2枚と、「いま何してる?…」といったメッセージを送ってきました。怒ったカパッソさんは、「仕事だけのつきあいで、あなたとは寝たくない」と書いて返信しました。ロドリゲスさんは、彼女がミレニアム世代なので自撮りを送った、仲良くやりたい、と書いてよこしましたが、カパッソさんは二度と返事をしませんでした。

カパッソさんがこの話を公言したのは、2月のSNSの投稿がはじめてでした。彼女の投稿を見たロドリゲスさんは、SNSを通して「不適切な行動を謝罪したい。君の気を悪くさせようとしたのではない。私の行動が間違っていた」とカパッソさんに直接メッセージを送っています。CJRの調査に対しロドリゲスさんは、“酒に酔って”自撮りをカパッソさんに送信したのであり、セクハラしようとしたわけではない、と返答しています。

カパッソさんは、ロドリゲスさんの名を暴露するのではなく、他の女性写真家に警告するつもりでSNSに投稿したといいます。しかし、ロドリゲスさんから似たようなセクハラ行為を受けた女性たちはすぐに感づき、メッセージを寄せました。

アルゼンチン人写真家フェデリカ・ゴンザレスさんはそのひとりで、数十人の女性たちを代表して、フェイスブックにロドリゲスさんを非難する投稿を書きました。



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