ジャーナリストのための性犯罪報道ガイダンス 2/4 メディアの独立機関による規定

ガイダンス

前回は、日本では統一した性犯罪報道のルールがなく、被害者への配慮が不十分であることを指摘しました。また、アメリカの「ダートセンター トラウマとジャーナリズム」と国際ジャーナリスト連盟のジャーナリストのための性犯罪報道ガイドラインを紹介しました。

今回は、イギリスについてみていきます。

イギリスのIPSO(Independent Press Standards Organisation)は、性暴力を報道するジャーナリストのためのガイダンス「性犯罪報道ガイダンス(「Guidance on reporting of sexual offences」)と、メディアに性被害を訴えたい告発者のためのガイダンス(「Contact with the Media」)を2018年10月に発表し、ホームページで公開しています。

ガイドラインの日本語訳はこちらをご覧ください。

性犯罪報道ガイダンス(Guidance on reporting of sexual offences): IPSO

メディアとの接触 性犯罪サバイバーへの支援:IPSO(Contact with the media, Support for survivors of sexual offences)

IPSOは、新聞・雑誌の記事に対する苦情を処理する独立機関、プレス苦情委員会(Press Complaints Commission)(以下、PCC)の2014年閉鎖にともなって設立されました。新聞・雑誌自らが責任を負うよう問い、個人の権利の保護、ジャーナリズムの高水準の保持、報道・表現の自由の維持の支援を使命としています。

IPSOの前身PCCが、出版物に対して苦情があった場合の判断基準としたのは、イギリスの新聞・雑誌業界の自主規制規約である出版実務規定(The Editors’ Code of Practice)です。
出版実務規定は、1990年に設立された出版規定委員会が草案を作り、1997年のダイアナ妃の死去後に大幅に改定されました。2004年にPCCが承認し、IPSOもこれを引き継いでいます。

出版実務規定は出版規定委員会が定期的に見直し、2021年に最新版が更新されました。

IPSOが「性暴力報道ガイダンス」を設定した理由は、編集者やジャーナリストから、出版実務規定がどのように性犯罪報道に適用されるのかといった問い合わせが複数あったからだといいます。イギリスのジャーナリズム専門誌『プレス・ガゼット(Press Gazette)』の記事(「IPSO publishes new guidance for journalists and survivors on reporting of sexual offences」)によると、IPSOは実際に被害者に会い、性暴力問題に取り組む支援団体と連携して、取材する側とされる側のガイダンスを作成したとあります。

ジャーナリスト向けガイダンスは、法律、匿名および個人が特定されないための規約、言葉遣いやインタビューの注意点、ケーススタディーなどが示されています。

ガイダンスではまず、法的保護について、裁判は公開性と透明性が担保され、自由な取材・報道が行われるのが基本原則ですが、被害者の身元の特定などにおいて、性犯罪はこの例外であり、「自分が性犯罪の被害者であることを申し立てた瞬間から永久的に、匿名が保証される」と記しています。

出版実務規定で性犯罪報道と最も関連の深い条項は、7条(子どもの性的事件)と11条(性暴力の被害者)です。7条は「法律上は制約なくそれが可能であっても、性犯罪にかかわる場合、被害者もしくは目撃者が16歳未満の子どもの場合は身元を特定してはならない。被疑者と被害者の関係をほのめかす情報も一切公表してはならない。この条項は公益を理由に適用除外できるが、報道する側は、子どもの最重要利益を優先するという特例的公益を明らかにしなければならない」と、11条は「十分に正当な理由がない場合は、性暴力被害者の身元を特定するような資料を発表してはならないが、法律上は制約なくそれが可能である」とあります。

この二条項以外にも、1条(正確さ)、2条(プライバシー)、6条(子ども)なども関係すると考えられます。

出版実務規定を確実に遵守するために、5つの手順が役立つと提案しています。

(1)身元特定可能な情報の洗い出し、(2)身元特定の可能性のある情報の分析、(3)インターネット上での公開対策、(4)インタビューの質問内容の検討、(5)性犯罪被害者が子どもの場合の保護、です。

まず、被害者の身元特定につながる可能性について、記事内のすべての情報、被害者と加害者に関する情報、場所と時期を含む犯罪の詳細、被害者と加害者の間柄を示す事項を確認します。

そして、情報の一部が被害者を推定できる可能性についても精査します。この点について、ガイダンスでは非常に具体的にチェック点を挙げています。

たとえば、たとえ部分的な住所であっても、被害者と被疑者の関係がわかる情報が含まれていたら、当事者を知る人々は被害者を特定できる可能性があるといいます。犯罪が起きた日付も、被疑者がその日に被害者と接触したのがわかれば、特定の一因になり得ると説明します。また、記事内、または複数のメディアの情報を組み合わせ、ジグゾーパズル的に被害者の特定につながるリスクも知っておくべきだと警告し、地方新聞では特に、地元地域社会で広く知られている情報について注意すべきだとしています。

身元特定は、犯罪や被害者に関する複数のさほど重要ではないと思われる詳細情報を結びつけることによって起こり得るため、犯罪の日付や場所、被害者と被疑者の接触方法、被害者の年齢や性別など、報じる必要があるかどうか慎重に考えるべきだといいます。

次に、性犯罪の記事をネット上で報じる場合、編集者は、被害者が絶対に特定されないようにすることが特に課題となります。編集者は、自分たちが管理するウェブサイトで掲載された記事には責任を負い、ソーシャル・メディアまたは読者コメントの許可の有無について、記事掲載前に慎重に考えなければなりません。

インタビューや取材の際にも、身元が特定されないよう注意を促します。

子どもがかかわる性犯罪のケースについては、かなり細かく指示が書かれています。「当事者である子どもの被害者または子どもの目撃者は身元を特定してはならない」とし、出版実務規定7条2では、「報道において被疑者と子どもの関係を一切ほのめかさないよう注意しなければならない」とされています。

出版実務規定は、具体的な言葉で性犯罪を描写するのは禁じていますが、用いなければならない言葉を明確に設定していません。そのうえで、「性犯罪報道においてジャーナリストは、極めて慎重に扱わなければならないプライベートな問題を伝えることになる。編集者およびジャーナリストは、多くの被害者が弱い立場にいるという現実を見失ってはならない」と忠告します。そして、「犯罪をセンセーショナルに扇動したり、非難したり、被害者が性行為に同意したと思わせる用語を選ばないよう注意を払うべきである」と指摘しています。

さらに、「性犯罪被害者を取材する場合、被害者が取材で受ける影響、そして、被害者らに提供できるサポートは何かを考える。これは、被害者に、取材場所を選んでもらうことや、被害者にさらなるサポートのきっかけを紹介することも含む」と取材の心構えを伝えています。

IPSOはまた、告発者(取材される側)向けガイダンス「メディアとの接触 性犯罪サバイバーへの支援(Contact with the media, Support for survivors of sexual offences)」も発表しました。記事に不満を抱いたときにジャーナリストにどのように訴えたらいいかの解説を含み、メディアに話そうと思っているサバイバーの背中を押し、サバイバーおよび支援団体に情報を有効に活用してもらうための指南書です。

IPSOは、「性犯罪を丁寧に報じるメディアは、自分の経験を話す気持ちにさせ、支えてほしいという思いを強めてくれる」という被害者のメディアに対する期待と、それに応えるためには「性被害を責任もって報じるジャーナリストおよび編集者を支援することが重要」との認識から、こうしたガイドラインを定めたといいます。

このガイダンスは、報道機関が性犯罪を報道するときに従うべき規定を解説し、報道機関に話したいか話したくないかを決めるのに役立てるのを目的に作成されました。

IPSOは、出版実務規定に関する助言が必要だったり、報道やジャーナリストの態度に不安があったりする場合の問い合わせ電話番号を記し、出版業界からのハラスメント苦情も受け付けると述べています。

最初に、性犯罪サバイバーは永久的に匿名を与えられ、身元が特定されないことを約束します。「サバイバーの名前を公表した新聞や雑誌の編集者は、刑事告発されます」と記しています。

次に、「自分の事件が裁判になったら?」と性犯罪の訴訟報道の説明があり、「ジャーナリストは、裁判の傍聴に来る可能性があり」、「事件について記事を報道でき」、どのような報道が可能か解説します。そして、「あなたにコメントを求めるかもしれません」が、「あなたは、そのジャーナリストに話したいかそうではいか、決めることができます」と教えます。

そして、「記事に何を含ませ、何を含ませないかを選ぶことができ」るのはジャーナリストであり、サバイバーが「重要だと思っていることが記事に含まれていない」「犯罪に関して動揺させるような情報を報道」する場合もあると警告します。

さらに、インタビューの前に考えるべきこととして、「サバイバーは不快感を抱いたらいつでもインタビューを止めたり、中断を求めたりする権利を持っている」「匿名にする場合、どこまで詳細を含ませていいかジャーナリストと事前に合意しておくとよい」などのアドバイスがつづきます。

また、記事には大抵、「最も衝撃的または劇的な部分を強調する見出しがつけられ」、その見出しはサバイバーが話したジャーナリストではない他の人が考案し、「新聞や雑誌では、報道の前に見出しが知らされることは考えられない」ともあります。

「報道に不満な場合は何をするか?」の項では、「話がどのように報道されるか、ジャーナリストがどういう態度を取るか心配であれば、私たちに連絡をください」と伝えています。

 

ジャーナリストのための性犯罪報道ガイダンス1/4 統一したルールがない日本

ジャーナリストのための性犯罪報道ガイダンス3/4 人権団体が設定した報道ガイダンス

ジャーナリストのための性犯罪報道ガイダンス4/4 ユネスコの性暴力報道ハンドブック

 

デイズジャパン最終検証報告書の検証(6) 報道に規制を設ける海外団体


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