#MeToo後の過剰なセクハラ報道2/2 性暴力ニュースの価値と報道倫理の議論に

海外の報道

前回のつづきです。

「若者はあなたのことなど知らない」「センスの悪い第2波フェミニスト」といった暴言を吐いたキャティ・ウェイ記者に対し、HLNの女性キャスター、アシュレイ・バンフィールドさんは、こう反論します。

「あなたが本当に#MeToo運動を信じ、女性の権利を信じ、フェミニズムを信じている人なら、年齢―私は50歳だけど―とか、ハイライトカラーとか、感情的に個人攻撃するなんて、最もしてはいけないことのはず」

加えて、「私は、アフガニスタン、イラク、ガザ、ヨルダン西岸、ヤーセル・アラファト議長にインタビューした戦地特派員のときのしばらくの間、髪の色はブラウンだった。グーグルで探せば見つかるでしょう」ときっぱり言ってのけました。

バンフィールドさんの一件については、イギリスの「インディペンデント」紙の2018年1月18日付電子版記事でも取り上げられました。

それには、番組出演を依頼されたウェイ記者が、オファーを丁寧に辞退する代わりに、バンフィールドさんの外見、年齢、経歴を攻撃するメールを送ったとあります。

ウェイ記者が「私の年齢の女性は誰もあなたの番組を観ないだろう」「私はまだ22歳で、みすぼらしくなんかない」と書いていることも伝え、バンフィールドさんは「ビルが壊れ落ちてくるなか、灰に覆われた9.11の現場でレポートをしたことでよく知られる」ジャーナリストであることも記載しています。

グレイスさんの記事はまた、AP通信の「これはニュースか? アンサリさんの記事は報道倫理の議論を引き起こした」(Is it news? Ansari story triggers media ethics debate、2018年1月18日 )という見出しにもあるように、性犯罪のニュース価値に関する議論も提起しました。

AP通信の記事では、「以前はタブーと考えられていた問題への抗議を促す社会運動が盛り上がるなかで、性的不適切行為に相当する事件とは何かを決めるのは容易ではない」という報道倫理の専門家のコメントを伝えています。

グレイスさんの記事のなかにアンサリさんのコメントがなかったことも問題視されました。これに対し、Babe編集部は、「彼の代理人から締め切りまでに返事がなかったから」と弁明しています。

また、この記事では匿名を使っていたことも論点になりました。多くの女性が性暴力について実名で声を上げているときに、こうした匿名にすることの公共的価値について、フェミニスト・ライターや俳優、メディアのコメンテイターの間で議論が交わされたのです。

コロンビア大学ジャーナリズム大学院のヘレン・ベネディクト教授は、「片方だけが匿名の記事は判断が難しい」と述べ、それが、大衆の知る必要性と、情報提供者、特に、匿名を希望する性暴力の被害者の保護という、メディアが抱える二つの義務の対立だと説明します。ベネディクト教授は、「この女性の目的が何なのか、記者たちは充分聞いていなかったのではないか。彼女は何をしたいのか?」と疑問を投げかけました。

ミズーリ大学ジャーナリズム・スクールのライアン・トーマス助教授は、「複数の情報提供者により確定されたハーヴェイ・ワインスタインやルイ・C・Kの事件とは違い、この記事は精密さに欠ける」と指摘します。

ニュース解説メディア「ヴォックス(Vox)」(Vox Mediaが運営する米国のニュース&オピニオンサイト)の1月17日付記事(The controversy around Babe.net’s Aziz Ansari story, explained )では、「プロの編集者なら、最終原稿で削除するであろう多くの詳細な描写がある」と書き、そのひとつとして、グレイスさんの事件が起きたとされる夜の服装を表す文章を挙げ、「”彼女はタンクトップとジーンズを身に付けていた。彼女は私に写真を見せた、それはよく似合っていた”といったように、グレイスさんの記憶を、記者ウェイ自身の意見で脚色している」と指摘します。

また、「編集者によると、アンサリさんに与えた回答時間は、土曜日の6時間未満だった。ジャーナリズムの標準は少なくとも24時間だ」と書き、「編集者は1週間という短い期間に何度もグレイスさんに取材したと言っているが、グレイスさんに起きたことを裏付けるために、別の女性から話を聞きだそうとしたのかは明らかにしなかった」と、セクハラ記事では通例となっている裏付け取材の欠如を疑念しました。

イギリスの「ガーディアン」紙では、ジル・フィリポビッチさんが、「#MeToo運動の喜ばしい本質のひとつは、ジャーナリストがこれらのデリケートな抗議を注意深く扱うことにある。しかし、アンサリさんの記事は、そのジャーナリズムの厳密さに準じていないようだ」「Babeは記事を発表する前にアンサリさんに回答時間(たった5時間強)を与えただけで、彼にインタビューをしなかった。不正行為を公式に告発する場合、反論権はジャーナリズムの基本的な必要条件のひとつである」と報道の原則について寄稿しています。 

ハーヴェイ・ワインスタインの性的暴行を報じた「タイムズ」の二人の記者も、「そこに書かれた彼の振る舞いが、大げさで物知らず故のものなのか、それとも意図的なものなのか、判断がつかなかった」と、「匿名の告発者が語った一夜の出来事を基に書かれた」この記事について触れています。そして、これに限らず、似たような記事が出た状況を次のように語っています。

「徹底的に調査したオンレコの証言によって構成された記事もたくさんあったが、そのほかの記事は、情報提供者がひとりであったり匿名だったり、信憑性が低いまま公表したものだった。公表された記事のなかで、新たな告発者やさらなる犯罪の証拠を摘発しているものはほんのわずかで、ほかの多くの記事は、薄っぺらで偏りすぎていて、告発にきちんと向き合う公平さがないように思われた。裏付けや、訴えられた側からの回答を載せずにソーシャル・メディアで公表される告発と同類のものに思われた」

#MeToo運動の拡大をもたらした二人の記者は、キャッチフレーズとなった「女性たちを信じろ」という「命令系の言葉の背後にある精神に共感した」としながらも、「記者としての責務は、情報を細かく調べ、証明し、確認し、疑問を抱くことだ」と主張し、「ワインスタイン報道が社会に衝撃を与えたのは、裏付けのない記事やフェイク・ニュースにあふれた2017年において、綿密な取材によって「だれもが認める真実に達した貴重なケースだったからだ」と断言しています(『その名を暴け #MeTooに火をつけたジャーナリストたちの闘い』、291~292ページ)。


 

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