ニューヨーク・タイムズのセクハラ調査報道 3/3 原稿から記事発表まで徹底した調査報道

海外の報道

前回前々回と、「ニューヨーク・タイムズ」(以下、「タイムズ」)のセクハラ調査報道はどのように展開していったのかみてきましたが、今回は、名前を公表するオンレコ告発の原稿作りから記事公開、その反響を紹介します。

的確な表現で原稿作り

「記事には、名前、日付、法的かつ金銭的やりとりの情報、オンレコにした証言、証拠となる文書が必要だった。……完全には立証できていない発言や噂についてはいったん措いて、最初の記事に入れられそうな、揺るぎない事実をリストアップした」(『その名を暴け #MeTooに火をつけたジャーナリストたちの闘い』、224ページ)

ワインスタインの会社の元従業員のメモが手に入ったのを機に、原稿作りがはじまります。

男性のバケット編集長とバーディ編集者は、「女優のコメントにこだわるな」「できる限り早く発表すること」が大事だと言いましたが、記者のジョディ・カンターとミーガン・トゥーイーはその意見に同意できませんでした(237ページ、以下すべて前掲書)。ワインスタインの権力を利用した性的嫌がらせのおぞましさを、「より幅広くとらえて表現しなければならない」と考えていたのです。コルベット編集者は、バケット編集長とバーディの要請を抑え、二人の記者の背中を押します(224~225ページ)。

原稿の作成に入ったものの、ワインスタインの被害者のうちオンレコで記事に出てくれる人は、ロンドンの元従業員ひとりだけという状況でした(234ページ)。

何十人もの人から集めた話は、記事にできないものばかりで、その時点で、声を上げたいと思う女優はひとりもいなかったのです(237~238ページ)。それでも、女優ローズ・マッゴーワンは、オンレコでの告発は否定しながらも、彼女の示談書を引用することは同意しました(235ページ)。

ジョディとミーガンは、ワインスタイン・カンパニーの元従業員も説得しましたが、ほとんどの人が自分の発言を記事に載せることを拒否しました(236ページ)。

原稿は、一行一行検証され、事実を確認し、修正や添削され(225~226ページ)、慎重に作成されていきました。的確な表現を用いるだけでなく、原稿が法を犯さないよう「タイムズ」の弁護士の提案をもとに、手を入れていきます(243ページ)。ジョディ、ミーガン、コルベットの順で書き、最後に校閲専門の編集者がチェックして、推敲を重ねます。

調査対象への記事公表

「入手した情報を、記事を公表する前に調査対象者に開示するのはジャーナリズムの通例である。相手がいかに信頼の置けない人物であっても、こちらの手の内を見せる」(240ページ)

記事の発表前に、ワインスタインとその代理人たちに会い、公表するつもりの告発、日付と女性の名前をすべて知らせなければなりません。

また、ワインスタイン自身の意見も記事に組み込む必要があります。「彼が告発の事実を否定したら、新聞はそのとおりに書く。彼が謝罪したら、その言葉をそのまま記事に出す。コメントを拒んだら、そのように書くだけ」です。「もし彼が告発のなかのひとつでも論破できたら、告発そのものを記事にすることができなく」なります(240ページ)。

ワインスタイン側との電話会議は、10月3日午後1時に設定されました。

その数時間前にジョディとミーガンは、記事に出る女性たちに、ワインスタインに彼女たちの告発と名前を開示することを伝え、ワインスタイン側から電話がかかってきたら、すべての言葉を書き留めておくよう警戒を促しています(245~246ページ)。

電話会議で記事の内容をワインスタイン側に説明した取材チームは、12時間の回答時間を与えます。それに対し、ワインスタイン側は48時間を要求したため(248~249ページ)、24時間の猶予を与えます(251~252ページ)。

この電話会議の1時間後、女優ジャッドのオンレコでの証言が決まったため、回答期限の4時間前、10月4日の朝、ジョディはワインスタイン側の弁護士に電話でその旨を伝えました。

午後1時43分、ワインスタイン側弁護士から届いたのは、記事を出すなら「タイムズ」を訴える、と18ページにわたる脅迫文でした(257ページ)。取材チームは要求には応じず、回答最終期限を翌日10月5日木曜日午後1時に延ばします(261ページ)。ワインスタインには、新聞社が「すべて正しい手順でおこなわれた」と主張でき、相手に「不公平だ」と言わせずに済む四八時間を与えたことになります(241ページ)。

そしてついに10月5日の午後1時41分、追い詰められたワインスタイン側から複数の回答が届き始めました(274~275ページ)。

記事の発表

送られてきた回答は、コルベットと他の編集者たちが精査・編集し、引用した重要文面を記事に入れ込みました(276ページ)。ワインスタインの声明文も最初の記事に掲載します。

校閲編集者のチェック後、記事を六人全員が最後にもう一度よく読み(277ページ)、ワインスタインの回答が届いてから24分後の午後2時5分、記事の公開ボタンが押されました。「タイムズ」電子版で記事が公表された瞬間です(278ページ)。
 
ワインスタインのニュースは、世界を驚愕させます。その反響は想像以上に大きく、記事が発表された翌日10月6日には、ジョディとミーガンのもとに、ワインスタインの話をしたいという大勢の女性から連絡が届きました(281ページ)。

第一報が出てから数週間のうちに、圧倒的な数の情報が「タイムズ」に殺到しました。これまで放っておかれた問題を調査するために、「タイムズ」の性的嫌がらせ調査チームは人員を増やしました。そして引き続き、レストランの給仕係やバレエ・ダンサー、家政婦やベビーシッターといった家庭内労働者、工場労働者、グーグル社の従業員、モデル、看守などの状況を調査していきます(286ページ)。

ワインスタインについての報道は、一個人の単発の性的いやがらせ記事ではなく、「性被害に蔓延する秘密主義を打ち砕き、同じような辛い経験をしたことのある世界中の女性たちに声を上げるよう背中を押す形になった」(285ページ)のです。

女性たちの苦痛の声は、「タイムズ」以外の報道媒体にも押し寄せ、性暴行やセクハラの調査は、「ジャーナリズム界全体を巻き込む一大プロジェクト」に発展しました(286ページ)。

日本はどうでしょうか? #MeTooという言葉はそれなりに拡散しましたが、その発端となった「タイムズ」の報道が、日本の性的暴行の報じ方を変える契機になったとはいえません。

日本の新聞が#MeTooという言葉を使いはじめた2017年10月下旬から2021年10月にいたるまでに、職場や家庭、学校で、性的いやがらせや暴行を受けている女性たちを直接取材し、彼女たちを苦しめている組織や権力者を明るみにするような報道はほとんどみられません。メディア、特に新聞の性暴行やセクハラの記事の質と量が向上しているようにはみえないというのが現状です。

 

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