前回の「【N Yタイムズと週刊文春】日本はセクハラ被害の告発型が主流 研究者や法律家も鵜呑みに:デイズジャパン最終検証報告書の検証(15)」は、日本のセクシャルハラスメント(以下、セクハラ)報道の特徴が、被害を受けたと主張する人がその被害を訴え、加害者だとみなした相手を告発する様式になっていることを押さえました。
今回はワインスタイン氏のセクハラを暴露したニューヨークタイムズ紙の最初の記事(2017年10月5日)と、週刊文春の広河隆一氏の記事(2019年1月3日・10日号、2019年2月7日号)を比較してみましょう。
NYタイムズは複数の被害で構成 vs 週刊文春は1人の告発
ニューヨークタイムズの1回目の記事は、英文で約3000ワード、日本語に訳すと9500文字ほどで、週刊文春2019年1月3日・10日号の7ページの記事より文字数が少ない計算になります。
まず、週刊文春2019年1月3日・10日号に掲載された記事をみてみましょう。
記名記者は男性ひとりで、7人の被害者の激白手記のスタイルで記事が構成されています。7人の証言を裏づける別の人の話や資料については一切記述がありません。「『アシスタントにする』などと持ちかけ、私的なヌード撮影を迫っていた」事例として、海外の写真家クリスチャン・ロドリゲス氏を紹介し、「優位な立場を利用して、性的行為に及ぶのは“性暴力”の典型」と齋藤梓・目白大専任講師のコメントが数行挿入されています。それ以外に、記者がこの問題を取材しはじめた動機、広河氏と記者との関係、そして、広河氏の経歴と問答コメントが書かれています。
同誌2019年2月7日号の記事も、記者は前回と同じで、4ページほぼ全部、ひとりの被害者の告白です。広河氏のコメントはとれなかったとあり、毎日新聞の記事が数行引用されています。
NYタイムズは表現に配慮 vs 週刊文春は性行為の用語を多用
2019年4月3日に東京新聞の電子版に掲載された記事(現在は削除)には、週刊文春で報じた田村栄治氏の「今回の広河氏の取材では、音声や動画の証拠がなくても、複数の被害証言が得られ、共通点があればクロとして報じる手法があると思った」という発言が記載されています。複数の被害者証言と被害の共通点がセクハラの重要な根拠だったようです。
では、ニューヨークタイムズ紙の記事(2017年10月5日)はどうでしょう。
取材・執筆は、ジェンダー問題に長くかかわっている女性ジャーナリスト、ジョディー・カンターとミーガン・トゥーヒーの2人です。他に取材協力者として2人、リサーチ担当1人の名前も記事に添えられています。
記事の冒頭で、セクハラを立証する根拠として、現在および過去の従業員と映画業界労働者へのインタビュー、法廷記録、メール、ワインスタイン氏が経営するミラマックスとワインスタイン・カンパニーの内部資料を調査したことが明記されています。
記事の内容は、被害を受けた女性たちの証言、それを裏づける別の人の話、ワインスタイン氏本人や代理人弁護士、会社役員らのコメントなど、20人近くの人物が登場し、その他、メモや文書の証拠に基づいて、セクハラの実態やワインスタインの人柄、企業体質などが詳しく説明されています。ワインスタイン氏の謝罪文も含まれます。
新聞報道のため、筆者の取材動機や個人的感想はもちろんありません。
言葉遣いは、セクハラ被害を「エピソード」と表現し、具体的なわいせつ行為の記述は避けるなど、配慮があります。
たとえば、ホテルの部屋に呼ばれた若い女性が、バスローブ姿のワインスタインにマッサージを催促されたり、彼がシャワーを浴びるのをみるように言われたり、といった描写はされていますが、性行為の用語は見当たりません。
「米ニューヨークタイムズは「レイプ」と「合意のない性関係」を区別:デイズジャパン最終検証報告書の検証(5)」で書いたように、海外ではセクハラや性暴力の報道においては、使用される言葉が非常に重要とされています。
ワインスタインは2020年2月24日に第3級強姦(レイプ)罪の有罪判決が下されましたが、ニューヨークタイムズでは、このセクハラ記事に“レイプ”という言葉を使わず、“合意のない性的関係”などを使用してきました。
ニューヨークタイムズは、セクハラ行為を書き表すうえで、どのような言葉を使うべきか迷ったと告白し、「読者にできるだけ多くの情報を提供するために、徹底的に正確に伝えようと心がけました」と語っています。
一方、週刊文春の広河氏の2本のセクハラ記事には、性行為の用語が頻繁に出てきます。そうした場面を具体的に描写し、どういうわけか、避妊の有無まで書いているのです。2019年2月7日号では、見出しに「レイプ」という言葉を使っています。
「性暴力の理解に甚大な影響を与える報道に規制を設ける海外団体:デイズジャパン最終検証報告書の検証(6)」で紹介していますが、海外には、取材の準備からインタビューの留意点、記事構成や言葉遣いなど、細かい規定を提案している団体もあります。
ニューヨークタイムズの記事は、こうした性暴力を誠実に報道するためのルールに沿って書かれている印象を受けますが、週刊文春の記事は配慮が十分とはいえません。
次回も、ニューヨークタイムズと週刊文春のセクハラ報道の比較をみていきます。