[ IPSO(independent press standards organisation)の許可を得て、当団体が策定した性暴力報道ガイダンスの日本語訳を掲載します ]
IPSO(independent press standards organisation)は、イギリスの新聞および雑誌業界の独立監視組織です。IPSOは、新聞や雑誌に自らの行為に責任を負うよう問い、個人の権利を保護し、ジャーナリズムの高水準を保ち、報道・表現の自由の維持を支援します。
性犯罪報道ガイダンス(Guidance on reporting of sexual offences)
目次
このガイダンスについて
キーポイント
法的保護および出版規定
コンプライアンス規定
情報の特定
情報の分析およびジグゾーパズル的身元特定
オンライン掲載および法廷侮辱罪
問い合わせ
子どもが関与するケース
匿名の権利放棄
さらなる配慮:言葉とインタビューされた人へのサポート
ケーススタディ
このガイダンスについて
IPSOにはたびたび、編集者およびジャーナリストから、出版実務規定(The Editors’Code of Practice)がどのように性犯罪報道に適用されるのかアドバイスがほしいという連絡が入ります。出版規定は、性犯罪被害者の身元特定を防ぐための被害者に対する重要な保護まで含んでいます。
このガイダンスは編集者およびジャーナリストに、IPSO苦情委員会の決定に関する重要な課題と複数の事例を通して考えるための枠組みを提供しています。
キーポイント
- 性犯罪の被害者には法的保護が存在します。
- 出版規定は、被害者の身元特定を防ぐ目的で、性犯罪報道に制限も加えます。
- 被害者が特定されない、もしくは特定されるかもしれないことを確かめ、報道したい情報を慎重に検討します。
- 被害者の身元を公開しないよう、調査するときには注意を払います。
- 子どもがかかわる事件、特に、加害者と被害者が親子関係のときは、さらなる保護を適用します。
- 出版規定の条項のなかには、性犯罪報道の問題と関係しているものがあります。最も関連の深い条項は、7条(子どもの性に関わる事件)と11条(性暴力の被害者)ですが、1条(正確さ)、2条(プライバシー)、6条(子ども)を含む他の条項も関係すると考えられます。
法的保護および出版規定
公開性かつ透明性が担保された方法で裁判がメディアに報道されるのは、公開公平性の基本原則です。通常、これは、訴訟の詳細を報道することのみならず、加害者、そして、概して犯罪のすべての被害者の身元の特定をも意味します。性犯罪はこの原則の特例です。
法律
子どもを含む性犯罪の被害者は全員、自分が性犯罪の被害者であることを申し立てた瞬間から永久的に、匿名が保証されます。被害者は、他の誰かが犯罪加害者を告発したときでさえ、匿名が保証されます。スコットランドの法律は異なりますが、匿名に関しての履行は同様です。
多数の犯罪が、法律で性犯罪とみなされます。これらには、レイプ、性暴力、露出、子どものわいせつな写真の撮影が含まれます。匿名はまた、女性器切断の被害者/被害者といわれる人まで含み、状況次第では、"人身売買"および現代版奴隷の被害者/被害者といわれる人まで含みます。
匿名は、被害者の一生を通して効力を持ち続け、告発が取り下げられたり、警察が何の活動もしないと決めたり、もしくは、被疑者が無罪であるとの決定にいたっても、有効に存続します。この法的保護の例外としては、次のような限定的および特異なものがあります。
- 匿名が関連する訴訟にのみ関係しているとき。被害者は、関連しない訴訟においては、身元の特定が可能になり得ます。
- 状況次第で、治安判事または事実審裁判官が匿名の自動生成ルールを解除する可能性があるとき。
- 被害者が16歳以上の場合、裁判所の合意なしに、匿名の権利を放棄する選択ができます。合意は文書で示さなければなりません。16歳未満の被害者は、匿名の権利を放棄できません。
出版規定
出版規定11条では、十分に正当とする理由がない場合は、性暴力被害者の身元を特定するような資料を発表してはなりませんが、法律上は自由にそれができることを明らかにしています。
出版規定7条は、法律上は自由にそれができても、性犯罪にかかわる場合、被害者もしくは目撃者が16歳未満の子どもの場合は身元を特定してはならないことを明記しています。被疑者と被害者の関係をほのめかすことも一切公表してはなりません。この条項には、公益の適用除外はありますが、出版する側は、子どもの最重要利益を通常は優先するよう特例的公益を明らかにしなければなりません。
コンプライアンス規定
出版規定を確実に順守するには、次の手順を採用するのが役立ちます。
- 記事のなかにある、出版規定に反すると査定されざるを得ない、身元を特定する可能性のある情報を明らかにします。
- 実際に身元が特定される可能性のある情報か、もしくは、被害者の身元特定につながる可能性がある情報かを分析します。
- 情報がどのように公開されるか(特にインターネット上で公開するかどうか)考えます。
- あらゆる質問について、どのようにするかを考えます。
- 性犯罪被害者が子どもの場合、出版規定でさらなる保護が存在します。
1. 情報の特定
被害者の身元特定につながる可能性について、記事内のすべての情報を明らかにしたことを確認します。これには次のことが含まれます。
- 被害者に関する情報
- 加害者に関する情報
- 犯罪がどこでいつ起きたかを含む、犯罪の詳細
- 被害者と加害者の(もし何かあれば)関係の特質に関する引用事項
2. 情報の分析
場合によっては、情報の一部が被害者の身元特定につながるかもしれないことは明らかです。例えば、住所(すべて、または部分的のときでさえ)、もしくは被害者と被疑者の関係に関する特定の引用事項を含めること。それ以外の場合で、情報が重要ではないと思われるのにもかかわらず、当事者について何か知っている人々には、被害者の特定に十分つながる可能性があります。
この点を慎重に考えなければなりません。最初は重要ではないと思われたことが、報道されてから実際には出版規定違反につながる可能性があります。例えば、犯罪が起きたとされる正確な日付など、そうした明らかな事件の詳細は、加害者がこれらの日に被害者と接触したことを知らされた場合、特定の一因になる可能性があります。
また、記事のなかの情報を組み合わせ、犯罪の状況および被害者の詳細についてのさまざまな事実をつなぎあわせて全貌を知ることで、被害者の特定につながることも知っておくべきです。例えば、被害者の年齢、犯罪が起きた特定の場所、加害者が被害者にどのように会ったかという情報の組み合わせで、被害者の身元特定につながる可能性があります。
さらに、犯罪の状況における何かによって、被害者の身元が容易に特定され得る可能性がないかを検討すべきです。例えば、被害者と犯罪者が会ったときの詳細から、読者は被害者の身元を特定できるかもしれません。地方新聞で性犯罪を報道するジャーナリストは、地元の地域社会のなかで広く知られている情報について特に注意すべきです。
ジグゾーパズル的な身元特定
ジグゾーパズル的な身元特定は、さまざまな情報の断片が複数のメディアで報じられ、それらの記事を読んだ読者に、誰が被害者なのかを知らせてしまうときに起きます。出版規定七条で提示された方法は、出版する側が全員、事件の報道に対して同じ形式を採用することを確認し、ジグゾーパズル的な身元特定の発生リスクを減らすよう策定されています。
続報を出す前には、その事件の以前の報道すべてに関して、他のメディア機関および自分自身の記事によってすでに公有されている情報を、自分および報道部の同僚が知っていることを確かめるためのあらゆる措置を講じるべきです。ジグゾーパズル的な身元特定を防ぐ方法の承認を得るために、他のメディア機関と連携をとる必要があるかもしれません。
身元特定は、犯罪および/または被害者に関する複数のあまり重要ではないと思われる詳細情報の組み合わせによって起こり得ます。偶発的な身元特定を避けるために、犯罪または被害者の新しい詳細を報じる必要があるかどうか慎重に考えるべきです。
1. 11条を順守するために査定が必要な犯罪に関して、どの情報を入れるつもりなのか? たとえば、次のものが含まれます。
a 犯罪の時期(日付/頻度)
b 犯罪場所
c 被害者と被疑者の会い方
d 被害者に関する人口動態(年齢、性別)
2. それ自体で、被害者の特定にむすびつくような情報の特徴は何かないですか?
3. 被害者が特定され得るような、たとえば犯罪が起きた場所といった、何か犯罪の状況はないですか?
4. 被害者と加害者がどのように接触したかを説明する情報が少しでも含まれていませんか?
5. 記事に含まれる情報の断片の組み合わせで、被害者の身元を特定させませんか?
6. 記事の情報およびすでに公有されている情報(たとえば、他のニュース報道を通して)の組み合わせで、被害者を特定することはできますか?
3. オンライン掲載
インターネット上での報道は、ジャーナリストに、新しい購読者との関わり合い、問題への関心を高めるのに役立ちます。しかし、性犯罪の記事がネット上で報じられるにあたり、編集者は、被害者が絶対に特定されないようにすることが特に課題とされます。被害者の身元の特定を防ぐためには、自分が集めた資料をどのようにネット上で表示させるかを慎重に考えるべきです。これは特に、ソーシャル・メディア・プラットフォームで報じられる、もしくは、読者コメントで公表されるかもしれない記事に関連します。
ソーシャル・メディア・プラットフォームや読者コメントのどちらの状況においても、被害者が特定される可能性を高めつつ、その事件が議論される場を作りだすことができます。一般の人は、性犯罪被害者を特定してはならないとか、もしくは、この法的要件を不当または取るに足らないとみなす可能性に気づかないこともあります。IPSOは、編集者が、第三者のウェブサイトに提供された記事およびコメントへのリンクの流れを防ぐことができないと認識しています。しかし、編集者は、自分たちが管理するウェブサイトで掲載された記事には責任を負い、ソーシャル・メディアのサイトまたは読者コメントを許可するかをこれらの記事を掲載する前に慎重に考えるべきです。身元特定の可能性について心配がある場合、さまざまな選択肢があります。
- ネット上で報道し、すべての読者コメントも積極的に管理します。
- 読者コメントを許可しないで記事を掲載します。
- ソーシャル・メディア・プラットフォームへのリンク付き、またはリンクなしで記事を掲載します。
補助的情報が被害者の身元を特定するような詳細を少しでも提供していないかどうかを確認するために、メッセージの文章やビデオといった、記事を説明するためにネット上で掲載した補助的情報もすべて点検すべきです。
法廷侮辱罪
進行中/係争中の訴訟の記事についてソーシャル・メディア・プラットフォームでリンクを投稿するのであれば、1980年法廷侮辱法に基づきそれを行った場合、当然配慮すべき法的義務を負います。ソーシャル・メディアのサイトに係争中の刑事訴訟に関するリンクを投稿する場合は、ソーシャル・メディアのユーザーに、調査または公正な裁判を不利にするかもしれない関連コメントの投稿を禁じるための最も適した警告方法を考えるべきです。警告を提示しなければ、読者からの先入観を与えるコメントが後で自分の記事に投稿されてしまい、配慮不足の証拠として挙げられてしまいます。
カギとなる質問
- 被害者の身元特定を防ぐために、ネット上にどのように情報が表示されるのかを考えたことはありますか?
- 被害者の身元特定を防ぐために、どのような措置を講じましたたか?
- どのような情報をネット上に表示するかについて、スタッフとやりとりしましたか?
- ソーシャル・メディアのユーザーに、先入観および調査または公正な裁判について警告するにあたり、どのような措置を講じましたか?
4. 問い合わせ
被害者が自分の経験を話したいと思っていることとか、犯罪が自分にどのような影響を与えたかといった被害者のコメントを求めて、あなたは被害者たちに近づきたいと思っているかもしれません。こうした調査のすべてにおいて、被害者の身元特定の不正な公表を防ぐよう注意しなければなりません。状況の感度も考慮すべきです。
カギとなる質問
- 調査の際、被害者の身元特定をどのように防ぎますか?
- 被害者の身元を不正に公表するのを防ぐために、どのような措置を講じますか?
5. 子どもが関与するケース
法律上はそれを自由に行うことができても、性犯罪事件の当事者である子どもの被害者や目撃者は身元を特定してはなりません。これは公益の特例です。出版規定は、犯罪被害者である子どもの付加的な保護を明記しています。これらは特に、報道された犯罪が近親相関かもしれないという危険性があり、身元を特定するリスクが明らかに増すということに関連します。
出版規定7条2は、子どもに対する性犯罪に関する事件の報道すべてにおいて、
ⅰ 子どもは身元を特定されてはなりません。
ⅱ 大人は身元が特定される可能性があります。
ⅲ "近親相関"の言葉は、子どもの被害者が特定される可能性があるので使用してはなりません。
ⅳ 報道において被疑者と子どもの関係を一切ほのめかさないよう注意しなければなりません。
出版する側は全員、書かれる事件について最初から同じ方法を取り、身元特定に対する特別の保護を講じます。それでもさらに、特に家族と関係する事件に関しては、被害者を特定する可能性の引用を一切しないよう特別に配慮しなければなりません。出版規約は非常に厳しい基準に合致した、つまり、被害者と加害者の関係をほのめかすものは"一切含ませない"としています。記事を掲載する前に、関係について含まれているかいないかを査定するために、すべての情報を見直すべきです。例として、犯罪が起きた場所(例えば、家族の家)や日時(もし彼らが定期的に接触していることをほのめかすなら)を含みます。
公益
7条の公益には例外があります。被害者、目撃者、または加害者である子どもの身元を特定するには、編集者は、法律上それを行うのは自由でなければならず、子どもの名前を出す例外的公益を明らかにしなければなりません。IPSOは、この条項の公益を確かめる苦情についてまだ検討しておらず、編集者には、このような状況での出版前の助言を求めて我々に連絡し、法的忠告を受けるよう強く勧めます。
カギとなる質問
1. 7条を順守するために査定が必要な犯罪に関し、どの情報を入れていますか? たとえば、これは次のことを含みます。
a 犯罪の時期(日付/頻度)
b 犯罪場所
c 被害者と被疑者の会い方
d 被害者の人口動態情報(年齢、性別)
2. 記事に含まれる情報の断片の組み合わせで被害者の身元を特定しませんか?
3. 記事内の情報およびすでに公有されている情報(たとえば、他の新聞報道を通して)の組み合わせが、被害者の身元を特定しませんか?
匿名の権利の放棄
状況次第では、治安判事もしくは事実審裁判官は、匿名の自動生成ルールを解除する可能性があります。それに加え、被害者自身が16歳以上であれば、裁判所の合意なしに匿名の権利の放棄を選択できます。法律に基づき、16歳未満の性暴力被害者、または被害者とされる人はいずれも匿名を放棄できず、親や保護者が代わりに放棄することもできません。
被害者が身元の特定に合意したのであれば、記事のなかに被害者の身元特定の同意があったことを書かなければなりません。被害者に同意するよう圧力をかけるべきではありません。
記事が掲載される前の時期に合意が示されたのなら、被害者がまだ名前を出すことに同意しているかをチェックするのが正しい行動といえます。取材される側は、広範なインタビューの一部として、性暴力サバイバーとしての経験について話すことを選ぶかもしれません。こうした場合には、ジャーナリストは、被害者の性暴力に関する情報を報じるために、取材される側から文書での合意をそのときにも求めなければなりません。
カギとなる質問
- 被害者(16歳以上)は匿名の権利を放棄しましたか?
- そうであれば、文書での合意が手元にありますか?
さらなる配慮:用語とインタビュー
用語
出版規定は、性犯罪を書き表すのに用いなければならない言葉を明確に設定していません。しかし、性犯罪報道においては、ジャーナリストは、極めて慎重に扱わなければならないプライベートな問題を伝えることになります。編集者およびジャーナリストは、多くの被害者が弱い立場にいるという現実を見失ってはなりません。犯罪をセンセーショナルに扇動したり、非難したり、被害者が性行為に同意したと思わせる用語を選ばないよう注意を払うべきです。
性犯罪被害者の取材でのさらなる支援
被害者を取材する場合、被害者が取材で受ける影響、そして、被害者らに提供できるサポートは何かを考えます。これは、被害者に、取材場所を選んでもらうことや、被害者に追加的サポートの手がかりを与えることも含みます。
ケーススタディー 〈略〉
(翻訳:セクハラ報道と検証を考える会)