デイズジャパン最終検証報告書の検証(20) 【謝罪とは何か?】検証委員会の見解に沿って広河氏のコメントを利用か

性暴力の謝罪

デイズジャパン検証委員会『報告書』」(以下、「検証報告書」)では、広河隆一氏が「謝罪はしない」理由について、さまざまな解釈を披瀝しています。おもしろいことに、セクハラ被害の証言の部分では、広河氏の言い分がほとんど書かれていなかったのですが、この項では、ふんだんに広河氏のコメントが挿入されています。しかも、検証委員会の見解に沿うよう、そのコメントが利用されているようにもみてとれます。

米国や英国では心理学や精神分析の専門家がカウンセリング

検証委員会は、広河氏が「謝罪を頑なに拒否する理由」を2つ挙げ、ひとつは「自らの記憶があいまい」(107頁3行目)であること、もうひとつは、合意へのこだわりとみなしています。

記憶については、広河氏の「それを思い出せないのに、事実と認めて謝るというのは、謝罪を受けた人にとっても謝る人にとっても許されることではないと思う」(106頁29~30行目)という言い分を引用し、検証員会は、それを「正論めいた認識」という表現を2度も使って糾弾しています。

一般的に、「記憶が定かでなく、事実認識があいまいなまま謝罪することは無責任」というのは、正論ですが、検証員会はそれを「正論めいた認識」ととらえているのです。

セクハラや性暴力の加害者は、記憶があいまいだったり、自分の行為を容易に理解できなかったりする場合があり、また、メンタルヘルスの問題を抱えている人も多いため、アメリカやイギリスなどでは、心理学や精神分析の専門家がカウンセリングを行い、自分の犯した不正行為について時間をかけて承認していくプロセスをとるのが普通です。

検証委員会の3人の委員はその分野の専門家ではなく、検証報告書には専門家に相談した様子も書かれておらず、一方的に広河氏の発言を否定しつづけています。

「合意」について1年かけても堂々巡りだったのは、検証委員が専門的な知識等が欠落していたことが原因していたのではないでしょうか。アメリカやイギリスのように、心理学や精神分析の専門家を欠いていました。

勝手に推測を報告書に羅列する検証委員会

検証委員会は、広河氏の「相手に会って顔を見て話したら多くのことを思い出せるかもしれないが」(106頁32行目)という言い分を引用しながら、「事実を確かめたい」という意図(107頁3行目~11行目)を、「合意」にむすびつけて、こう一方的に解釈していきます。

「被害者が抱えた苦しみを少しでも理解し、自身の犯した性暴力について謝罪するための記憶喚起ではな」く、「週刊誌に書かれた個別の事実に反論を加え、『あのときは合意があったはずではないか』と質したい」と理由もなく断じるのです。

そして、広河氏が被害者に聞きたいことは、「恋愛という文脈に位懺づけられる、独りよがりでロマンチックな心情に基づく願望を込めた疑問になってしまうことは明らかである」(107頁21行目)と決めつけます。

しかも、検証委員会はあろうことか、広河氏の「心の中に育ったはずの温かなもの」という言い分(107頁14行目)(広河氏が提出したというメモに関して、検証委員会は「引用文書は斜体で表現する」としていますが、そのほとんどは特定されていません)から、具体的に聞きたいことを勝手に推測して次のように並び立てます(107頁19行目~21行目)。

「いきなりセックスしたわけではなく、それ以前に合意らしきものはなかったのか」
「二人の間には温かな会話はなかったか」
「二人の関係は週刊誌に書いてあるようなあんなひどいものだったのか」

この3つの質問は、広河氏が直接言ったとは検証報告書には書かれていません。

情報提供を求める一方で、「二次加害」を持ち出し「反論封じ込め」

検証委員会は、約10か月にわたるヒアリング等の調査と、検証委員全員でのべ11回にわたる広河氏の主張の聴取および広河氏から提出された文章全ての精査により、「女性の合意があったとは認定できないという結論を出した」(110頁2行目~5行目)と自信たっぷりに述べ、広河氏が「合意の証」(107頁11行目)にこだわっていると繰り返し指摘します。

しかし、それが広河氏の謝罪をしない一番の理由なのかは、実はこの検証報告書ではよくわかりません。

検証報告書において、広河氏本人が述べた「謝罪をしない」理由は、「記憶が定かでなく、事実認識があいまいなまま謝罪することは無責任」というものです。

広河氏は、「事実を確認し、その上で謝罪する可能性があると言っているのに、事実を確認しようとすれば『二次加害になるからやめろ』と言われてしまう。このように、自分の反論を封じ込めるやりかたは許されない」と述べたとあります(107頁29行目)。

これに対し、検証委員会は、「もっともらしい自分に都合の良い理屈をつけてそうした主張をする」(107頁12行目)と叩きます。

そして、「自らの犯した罪と責任に向き合うどころか、むしろ逆に被害者に二次被害を与えるような主張」(107頁9行目)であり、広河氏には、「二次被害になること自体が理解されていない」「相手側の被害感情や現在でも抱えている苦痛にはまったく思いが至っていない」(107頁23行目)と判断します。

検証委員会は、そうした主張を控えるべきだと述べてきたとあります(107頁27行目)。

それでいて、検証委員会は、「(3)二次加害をしないこと」(109頁28行目~110頁8行目)で、「被害者の中には、情報提供をすることで、広河氏に特定されるであろうと考え、報復を恐れる者さえいる」と述べながらも、「(2)デイズジャパン社の責任履行への協力」(109頁20行目~27行目)で、性的関係をもっていた女性について、「広河氏が一人も自ら明らかにすることはなかった」と指摘し、デイズジャパン社の責任履行に「広河氏は情報提供等の協力をすべきである」と矛盾した発言をしています。

二次加害を避けるために、検証委員会は広河氏に自重を強く求め、「まずは自分が行ったことを直視」し、「独善的で自已中心的な弁明を公の場で行うことは控え」、「被害者らに恐怖と苦痛と不安感を与えるような言動は絶対にしない」などを挙げています。

特に強調しているのは、性交を強要した女性たちの件で「『合意していた』と公の場で主張すること」が二次加害になるため、厳に控えるべきである(110頁7行目)という点です。

検証報告書の「2『性的関係には女性の合意があった』という思いこみ」(108頁1行目~35行目)は、「第3 広河氏によるハラスメント行為」「1 広河氏によるセクシャルハラスメント」「(1) セクシャルハラスメントの認定」の「イ」(25頁9行目)と「エ」(26頁8行目)、「第5 ハラスメント発生の原因」「1 セクシャルハラスメント発生の原因」(42頁5行目~52頁29行目)の重複です。

検証報告書で合意については、「第5 ハラスメント発生の原因」「1 セクシャルハラスメント発生の原因」で10ページも使って説明しています。

検証委員会は広河氏に、「優位な立場を使ってNOと相手が言えない状況に乗じで性暴力をふるうという、地位を利用する類型」(108頁4行目~10行目)と説明したのですが、広河氏は「自由恋愛の延長」「『合意』の上」という主観を持ち、そこから「なかなか離れようとしない」(108頁22行目)、「『暴力的な強要はなかったはず』」といった主張にこだわり続けている(108頁12行目)とあります。そして、広河氏は「20代の女性たちが次々に60後半の男性の自分に恋愛感情をもったのだという恋愛観を常々と披瀝する」(108頁15行目~21行目)とまで述べています。

検証委員会は、広河氏は「『どう考えても、早<病院でカウンセリングを受けるべきです。おかしいのですよ。』と話してくれた近しい人の言葉が、心に突き剌さっている。」と述べたことを紹介し、「この『心に突き刺さっている』ことを真剣に対峙し考えるべきである」と忠告しています。

確かに、合意の解釈は複雑です。それゆえ、専門家のカウンセリングなどによる丁寧な説明が必要なのです。

ワインスタイン氏は1年間をかけてジェンダーと権力の力学の指導

先に述べたように、ワインスタイン氏は、性暴力問題を専門とするリーサ・ブルーム弁護士に一年間にわたってジェンダーと権力の力学について指導を受け、セラピストにも相談しています。ブルーム弁護士は、NYタイムズ紙の取材に対し、「『彼のような大スタジオのトップは、業界の他の大半の人と権力の差があるため、どんな動機であれ、彼の言動は不適切、威圧的と受け取られる』と説明していた」と語っており、セクハラの意識改革は短期間に成し遂げられるものではありません。(「【NYタイムズと週刊文春】基準不明確な「共通点があればクロ」という考え:デイズジャパン最終検証報告書の検証(17)」)

【謝罪とは何か?】加害者に沈黙を強いる日本 vs 関係修復を目指す米国:デイズジャパン最終検証報告書の検証(18)」で紹介したNYタイムズの修復的司法の記事によると、#MeToo運動の盛り上がりで、性犯罪の刑事裁判が注目されるようになりました。

しかし、その一方で、刑事司法システムの欠点もより明らかにされたそうです。

「刑事裁判は、加害者が有罪となり、厳しく罰せられる珍しい訴訟でさえ、多くの被害者は自分の経験で再びトラウマになり、無気力化させられる」とあり、「修復的司法は被害者の癒しと、加害者の責任説明の両方を実現する方法かもしれない」と結んでいます。

実際にどのようなものがあるかみていきましょう。

性犯罪の被害者と加害者、コミュニティに修復的司法代替手段を提供

アメリカやイギリスなどでは、性犯罪の修復的司法プログラムはすでに行われています。

米アリゾナ州ピマでは、2004~2007年(連邦補助金の不足で終了)に、性犯罪の被害者と加害者、コミュニティに修復的司法代替手段を提供する試みが実施されました。

その結果をまとめた研究では、かなり期待できる効果を示し、参加した被害者の9割以上が満足したと回答したそうです。

また、ニュース解説メディア「Vox」の記事には、ニューヨーク州のスキッドモア・カレッジで行われている性的不正行為の修復的司法プログラムについて紹介しています。

アメリカ法曹協会(米国弁護士会)のサイトでも、「#MeTooと修復的司法」と題した記事が掲載されています。

ここでは、修復的司法は#MeToo運動の要求を解決する唯一の方法ではなく、その可能性は十分に議論されていない、と述べ、ひとつの選択手段のひとつとして、性犯罪の修復的司法を紹介しています。

修復的司法の広範な解釈は、被害者の修復と復帰だけでなく、加害者にも焦点を合わせ、さらに、コミュニティとの関係改善にも取り組むことにあります。

修復的司法の手続は、加害者と被害者が参加して進められ、加害者の不正行為の承認と犯罪の責任の引き受け、負った傷を修復するのにふさわしい手段を見いだす共同の努力、加害者の再犯防止とコミュニティへの復帰という過程を共有していきます。

そして記事では、「承認」「責任の引き受け」「傷の回復」「再犯防止」「罪の償いと社会復帰」について解説しています。

加害者の社会復帰に関しては、修復的司法の原則が犯罪者のコミュニティへの社会復帰であっても、性暴力においては、窃盗など他の犯罪とは違い、矛盾したものであることに気づく、と慎重です。また、「社会復帰は以前の役割や地位への完全な復帰を決して意味するのではなく、被害者が犯罪者と和解しなければならないことでもない」「許しは忘れることを意味していない」とも書いてあります。

それでも、性犯罪の修復的司法プログラムでの最終ゴールとして、加害者の社会復帰が位置づけられています。

検証委員会もそうですが、#MeToo運動を推進する知識人たちは、セクハラの謝罪に関しては、海外で取り組まれている手段に無関心です。

ステレオタイプの日本的謝罪は、加害者を社会から追放するのを目的とし、セクハラや性暴力はさらにその特徴が強まります。こうした謝罪は、被害者、加害者、コミュニティの関係回復にはつながりません。

少なくとも、検証報告書の求めるような謝罪は#MeToo運動の発祥地アメリカでは奨励されてはいないといえます。



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