性的暴行の謝罪とは何か? 加害者の社会復帰を視野にいれた海外の取り組み

性暴力の謝罪

#MeToo運動は、加害者の責任説明の問題を提起し、海外のメディアは、責任のとり方や謝罪のあり方についても、さまざまな角度から報道しています。セクハラや性暴力の謝罪は非常に難しく、被害者だけでなく、加害者、地域社会の人々の心理状況にもかかわる問題です。そのため、海外では、心理学や精神分析の専門家、性暴力などに詳しい司法関係者らが、“正しい謝罪”の方法を模索し、意見を交わしています。

日本の企業や組織の不祥事の謝罪といえば、幹部数名(ほぼ男性)が横一列に並び、お詫びの定型文を読み上げ、一斉に頭を下げるのがありきたりです。こうした形式的な謝罪を見慣れた日本では、被害者のための謝罪とは何かといった議論が起きることはほとんどありません。

性的不正行為の謝罪の仕方についても、海外のような活発な議論はなく、加害者を糾弾するだけにとどまっています。

日本とアメリカでは謝罪の考え方が異なるため、一概には比較できませんが、アメリカでは、適切な言葉や表現を使い、サバイバー本人に向けて謝罪するのが重要なファクターだといわれているようです。

謝罪が重視される理由は、臨床心理学者のハリエット・ラーナーさんが言うように「正しい謝罪は深い癒しになる」からです。「傷ついた人は、よい謝罪によって、身を引き裂かれるような怒り、苦しみ、辛さから解放されます」と彼女は言います。

さらに、「自分が不正行為を犯したことをはっきり述べるのがよい謝罪ですが、大半の人は、言い訳や説明を盛り込み、許しを請うことで、謝罪を台無しにします。本当の謝罪では、許してもらおうとはしません。真の謝罪は、傷ついた側に何かするよう要求せず、許すことさえ求めません」と述べます。

「わかりやすい謝罪は、不正行為者にとって、自分が傷つけた人との和解につなげるのに役立ち得る強力な道具となります」と言うのは、米ピッツバーグ大学のカリーナ・シューマン心理学准教授です。シューマン准教授は、2014年、社会心理学の専門雑誌で「よりよい謝罪」の研究論文を発表しました。よい謝罪には3つの“核”となる要素があると述べています。

ひとつは、お詫びの言葉(「申し訳ありません」「お詫びいたします」など)で謝るだけでなく、後悔を表現(「悔やんでいます」「反省しております」など)します。

それから、自分の責任を認める言葉(「全面的に責任を負います」または「自分がしたことすべてに対して責任を感じています」など)を添えます。

最後に、問題を解決するためにできることを提案したり、自分が傷つけた人に対して正直にどう思っているかを伝えたりして、自分が引き起こした問題の修復を申し出ます。

アトランタにあるジョージア州立大学のシャルロット・アレキサンダー法学准教授は、セクハラや性的不正行為の公式声明の調査結果(Sorry (Not Sorry): Decoding #MeToo Defences)を発表しました。公式声明が社会の変化に何らかの影響を与えているかを調べるために、2017年10月からの#MeToo運動以降に発生した、仕事がらみのセクハラおよび性的不正行為の加害者が出した公式声明219件を検証したのです。

アレキサンダー准教授は、全面容認、全面否認、反論、その他の4つに声明を分類し、お詫びの文章、感情表現、信憑性、パワーバランスおよび変化の必要性といった構造的問題の認識について調べました。

それによると、声明のうちわずか3分の1が何らかの謝罪をしていましたが、ほとんどが否定や反論を含み、謝罪声明でさえ、言い訳が入るケースがみられたといいます。

声明の半分以上は、告発した人の業績を称えたり、自分は女性運動やフェミニズム、#MeTooに賛同しているようにみせかけたりする内容が書かれていました。

最もよくみられる反論は、加害者自身に不正行為の認識がなく、「冗談だった」とか「時代が変わった」という弁明です。「時代が変わった」と男性優位文化を言い訳にした有名人には、あのハリウッドプロデューサーだったワインスタインがいます。

「ニューヨーク・タイムズ」が報じた最初の記事で、ワインスタインは、「私は、行動と職場のルールがいまとはまったく異なる60年代、70年代に大人になりました。それが当時の文化でした」と冒頭で書いています。

ワインスタインの謝罪声明については、ニューヨーク州のスキッドモア・カレッジの社会学者で、大学の性的不正行為の修復取り組み推進(Campus PRISM:Promoting Restorative Initiatives for Sexual Misconduct、以下、PRISM)プログラムの創設者であるデイビッド・カープ教授が検証 しています。

ワインスタインは声明のなかで、「昔の仕事仲間に対する態度が、大きな痛みをもたらしたことを認め、心から謝罪します」と述べていますが、何について謝っているのかはっきりさせませんでした。しかも、報道直後に彼の弁護士が、「記事には間違いがある」と異議を唱えています。

実際にやったこととやっていないことを特定しないで謝罪するのは、どの不正行為の告発が間違っているのかと邪推させる事態を引き起こすといいます。「加害者は、あえて具体的に述べないのが告発者にとって有益と思ったり、単に弁護士の助言に従ったりしただけかもしれませんが、告発した人全員に疑いをかけることになります。漠然とした否定を含む漠然とした謝罪は、告発者全員を嘘つきにさせる効力があります」とカープ教授は言います。

ワインスタインの回答のなかで最悪なのは、「私は社会でのセカンドチャンスを望む」と”やり直しの機会”を求めたことでした。謝罪することで、早々の許しとビジネスの復帰がもたらされると期待する人は、不誠実な謝罪を申し入れるケースが多いといいます。

日本の場合はどうでしょう。

財務省の福田元事務次官は、傷つけた本人に謝罪をしたそうですが、公式声明は発表していません。

謝罪文を公開した人もいますが、その文面がサバイバーにとって誠実であるかといった視点での議論はほとんどありませんでした。

女優の知乃さんに告発された演出家の市原幹也さんは自身の公式ホームページで「お詫び」と題した謝罪文を掲載しました。

この謝罪文には、「現在、ご本人に謝罪の意思をお伝えする準備をしています。」「与えた精神的な被害については十分に謝罪したいと考えています。」とあり、謝罪の相手はサバイバーではありません。「多くの方にご迷惑、ご心配をおかけして大変申し訳ございません。」「また、これまでの活動でお世話になった皆様に深くお詫び致します。」とサバイバーより先に仕事関係者にまず謝罪しています。

ただ、この文章では、「心から重大に受け止め責任を感じております。」「告発の内容には、心当たりがあります。」「大変反省しております。」「これを機に改めて自分を見つめ直し、このようなことが起きないようにしっかりと考えていきます。」と、お詫び、反省、責任などを伝えています。

はあちゅうさんに電通時代のセクハラを告発された岸勇希さんは、本人にフェイスブックのメッセンジャーで謝罪文を送ったそうです。

「本当にごめんなさい。」「深く反省しています。」と、お詫び、反省の言葉はありますが、この謝罪文には、「当時の自分には自分なりの理由があった」という言い訳と、「今頃になって誤っても、許されないと思う」と許しを請う文章を含んでいます。

広河隆一さんは週刊誌報道後の2018年12月26日に、お詫びのコメントを発表しました。

この記事に関して、私は、その当時、取材に応じられた方々の気持ちに気づくことができず、傷つけたという認識に欠けていました。私の向き合い方が不実であったため、このように傷つけることになった方々に対して、心からお詫びいたします。

この謝罪にもお詫びの言葉はありますが、前述したアメリカの基準でいえば、何について話しているのかわからず、「取材に応じられた方々」と告発された行為に漠然と謝罪しています。「デイズジャパン検証委員会『報告書』」によれば、広河さんは謝罪を拒否しているため、実際にやったこととやっていないことを特定しないで、謝罪をしたようになっています。

日本では、性犯罪の加害者に強く謝罪を求めますが、それはアメリカでいわれている「深い癒しになる」「自分が傷つけた人との和解を促す」ための正しい謝罪ではなく、単に加害を認めさせて断罪するためのようなところがあります。

アメリカやイギリスなどでは、セクハラや性的暴行などが相次いで暴露されているなか、加害者は自分の犯した罪を償うことができるのか、どのように贖うのか、と問う人が増えているそうです。

加害者はどのようにサバイバーへの謝罪をなしていけばいいのか、そして、どのようなプロセスを経て社会復帰を実現していけばいいのでしょうか。

前述のカープ教授は、「償いにいたるまでに必要なステップとして謝罪を考えるべきです」と言い、PRISMでは、不適切行為や犯罪がもたらしたダメージを理解して取り組むことを重要視したアプローチ、修復的司法に基づいて、対策を立案し、実践しているそうです。

修復的司法は、犯罪の加害者・サバイバー・地域社会が話し合いを重ね、関係者の肉体的・精神的・経済的な傷の修復を図る手法です。悪質な加害行為が、サバイバーおよび周辺地域社会の両方に与えた損害を、できるだけ多く修復するのが、その目的となります。

 

デイズジャパン最終検証報告書の検証(18) 【謝罪とは何か?】
デイズジャパン最終検証報告書の検証(19) 【謝罪とは何か?】
デイズジャパン最終検証報告書の検証(20) 【謝罪とは何か?】


 

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