ニューヨーク・タイムズのセクハラ調査報道 2/3 入念な取材と情報の徹底的な裏付け

海外の報道

前回にひきつづき、ニューヨーク・タイムズのセクハラ調査報道はどのように展開していったのかみていきます。

 取材対象との接触から

「調査報道部の目的は、これまで報道されていない出来事を掘り起こし、人々や組織が故意に隠してきた犯罪を明らかにすることである。まずは充分に気をつけて取材対象者と接触するところから始まる」(『その名を暴け #MeTooに火をつけたジャーナリストたちの闘い』、36ページ)

取材チームがスタートしたとき、「ニューヨーク・タイムズ」(以下、「タイムズ」)の記者ジョディ・カンターはすでに、ワインスタインの噂を耳にしていました(60ページ、以下すべて前掲書)が、確証はありませんでした。

ジョディはまず、ツイッターでそれらしき苦情を投稿した女優のローズ・マッゴーワンにメールを送ります(33ページ)。5月中旬、マッゴーワンはようやく、非公開を前提(オフレコ)で話すことに同意し(38~39ページ)、ワインスタインからひどい扱われ方をしたことの詳細を語ります(41ページ)。

彼女の話はワインスタインの悪質行為を示す貴重な証言でした。とはいえ、「記憶に頼った体験談しかないのならば、『言った、言わない』の水掛け論になる可能性が高い」(42ページ)ため、編集者コルベットの助言で、マッゴーワンの主張の裏付けを取り、同じ目に遭わされているほかの女性がいるか、突き止めることにします(43ページ)。

6月の時点で、ジョディは、ハリウッドの世界には知り合いも情報提供者もおらず、「トップ女優たちに電話取材を受けてもらうにはどうすればいいのか」という問題を抱えていました(63ページ)。

ツテのないなか、「タイムズ」の調査員の何人かが全力をあげて、ワインスタインがかかわった映画に出演した女優の個人的なメールアドレスや電話番号を調べ、女優に引き合わせてくれそうな人を探しました(64ページ)。

ジョディは徐々に、女優アシュレイ・ジャッドをはじめ、有名な女優数人に連絡を取るようになります。しかし、誰も話をしてくれず(66~67ページ)、返事がこないケースも珍しくありませんでした。

7月にはグウィネス・パルトローがジョディに、ワインスタインとの関係について打ち明け(78ページ)ますが、彼女は、報道を前提(以下、オンレコ)の告発には消極的でした(82~83ページ)。

ワインスタインの会社の元従業員にも、ビジネスSNS、会社や自宅の電話番号などを調べ、連絡を取っています(64ページ)。ジョディとミーガン・トゥーイーは、7月の連日、元従業員を追いかけました(102ページ)。しかし、示談金の支払い時に秘密保持契約を結んでいるという事情もあり、この問題についてなかなか話してもらえません(107~108ページ)。

ジョディとミーガンは、「性的被害者だと推定される見知らぬ取材対象者に初めて電話をするときにはなんと言えばいいか」と話し合うなど、電話やメールの言葉遣いや表現に神経を使い、取材を進めていきます(60~61ページ)。

情報の物的証拠を入手

「調査報道では、有罪の証拠となる文書の存在を知るのは成果のひとつだ。そして、実際にその内容を見ることができれば素晴らしい手柄で、さらに言えば、そのコピーを入手できれば申し分なかった。」(117ページ)

7月、ワインスタイン側は、「タイムズ」の記事つぶしを計画しはじめます(149ページ)。ワインスタインはこれまでも、プロのスパイ集団を雇い、記事を握りつぶしてきたのです。

バケット編集長は、二人の記者にワインスタインが雇う私立探偵に用心するよう警告しています(155ページ)。また、編集者バーディは、「何を証明できるか」ということに集中するようアドバイスし、「いちばん重要なのは、この事件をきちんと暴くこと」と記者たちに念を押します(87ページ)。

二人の記者は、証言だけではなく、示談書や法廷記録、会社のメモ、データといった証拠を集めていきます。

決定的な証拠となったのは、9月28日、ワインスタイン・カンパニーの副社長から入手した、元従業員が書いたメモでした(216ページ)。このメモが手に入った翌日の9月29日、ここではじめて、編集者のコルベットとバーディ、編集長のバケットは、「書け!」(223ページ)と指示を出します。

「インパクトを与える報道記事というのは、名前や日付、証拠、行動パターンといった具体的な情報が入っている」(76ページ)

ワインスタインの報道では、性的嫌がらせを受けた女性の名前を公表するオンレコ告発が必然でした。

二人の記者は9月までに、女優や元従業員から、ホテルでの出来事といったかなりの証言や物的証拠を集めていましたが、オンレコに同意した証言者はひとりもいませんでした。それだけでは結局1本の記事も発表できない、と案じていた(90ページ)編集者コルベットは、「オンレコで話してくれる女性は何人いるのか」「示談書は何通確認できたか」と指摘し、「記事にできるところまでいっていない」と判断します(173ページ)。

ジョディとミーガンは、記事を完成させるぎりぎりの時間まで、女優たちに連絡をとり、名前を公表できないか、確認をとりました。

そしてとうとう、記事を発表する2日前の10月3日、ジャッドが「名前を出す心の準備ができた」とジョディに電話で承諾したのです(250~251ページ)。

記事発表の当日、10月5日午前にも、ジョディはパルトローに最後のひと押しをしました(270~271ページ)が、彼女はコメントを断っています(271ページ)。

情報の徹底的な裏付け

「被害者とされる人物の話の裏付けを取るために、その人から話を聞いた人々に連絡し、本人が覚えている話の内容と同じかどうかを確認します。」(89ページ)

8月、初めてパルトローに会ったとき、ミーガンは、説明の正しさを裏付けるために、ブラッド・ピットと連絡したい旨を述べ、「これは通常の手法」と説明しています(89ページ)。

証言の裏付けは、徹底的に行われました。ジョディとミーガンが取材を重ねているあいだ、同僚記者たちは発言の裏付けを取るために奔走しました(188~189ページ)。

9月29日に記事執筆の指示が出た後も、ジョディとミーガンは原稿を書く作業と並行して、犯罪とその根拠とを確定する裏付けを取るための調査をさらに進めています(233~234ページ)。

 

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