#MeToo後もほとんど変化のない日本の性暴力報道

報道の検証

前回前々回の「#MeToo運動で増加した英米の大手新聞の性暴力報道」で紹介したように、「ニューヨーク・タイムズ」がワインスタインの性的嫌がらせを暴露した記事は、セクハラや性暴力の調査報道の評価を高め、アメリカだけでなく他の国でもこうした報道を増やす契機になりました。

しかし、残念ながら、日本では#MeToo以降もセクハラに関する調査報道はまったくといっていいほど確立されていません。

世界で#MeToo運動が拡大していった、2017年10月11日から2020年4月30日までの2年半の間に、日本の新聞はどのように報道したのでしょうか。電子版で検索可能な「朝日新聞」(以下、「朝日」)と「毎日新聞」(以下、「毎日」)の記事を検証してみます。

#MeToo直後のセクハラ記事の多くは海外ネタ

両新聞社の電子版サイトで、「#MeToo」「MeToo」のキーワードを検索したところ、「朝日」は304ほどの記事がヒットし、セクハラや性的嫌がらせ、性暴力に関する記事は242記事でした。

「毎日」は226本のうち、185記事がセクハラや性的嫌がらせ、性暴力に関してです。

もちろん、セクハラや性的嫌がらせに関する記事は、この「#MeToo」「MeToo」でヒットした以外にも多数掲載されていますが、ここではこの2つのキーワードで検索された記事を分析します。

最初に、両新聞の記事の内容を大きく分類します。

「朝日」の内訳は次の通りです。

①アメリカ、イギリス、韓国など海外のセクハラ関係ニュース 99本
②識者インタビューや寄稿 41本
③フラワーデモ 20本
④社説や記者の論説など 12本
⑤財務省の福田淳一元事務次官のセクハラ 11本
⑥伊藤詩織さんの記事 8本
⑦はあちゅうさんのセクハラ告発 4本
⑧父親からの性暴力事件 2本
⑨俳優の知乃さんのセクハラ 2本
⑩広河隆一さんの週刊誌報道 2本
⑪その他

「朝日」は、約4割の99本が、アメリカ、イギリス、韓国など海外のセクハラ関係ニュースでした。続いて多かったのは、識者インタビューや寄稿の41本(17%)、女性識者が20本、男性が21本です。

次に、フラワーデモ(2019年4月に始まった、花を身につけて性暴力に抗議する社会運動)が20本(8%)、社説や記者の論説などが12本、財務省の福田淳一元事務次官のセクハラ(福田を取材していたテレビ朝日の女性記者に対してセクハラ行為を行ったとされる事件。『週刊新潮』、2018年4月19日号(4月12日発売)で報道)が11本(5%)、伊藤詩織さん(2015年4月に当時TBSテレビのワシントン支局長だった山口敬之さんに性的暴行を受け、警視庁へ被害届を提出したが、2016年7月に東京地方検察庁は不起訴とした。検察審査会の審査も不起訴相当と議決され、2017年9月28日に、伊藤さんは山口さんを相手に、損害賠償を求めて起訴し、2019年12月18日に東京地裁は伊藤さんの請求を認めて330万円の支払いを山口さんに命じた)の記事が8本でした。

はあちゅうさんのセクハラ告発(2017年12月、電通時代の上司である岸勇希さんから長年のセクハラ・パワハラ被害を受けていたと告発)が4本、父親からの性暴力事件(2019年3月26日、19歳だった実の娘への準強制性交罪を問う訴訟で、名古屋地裁岡崎支部は無罪判決。2020年3月12日、控訴審で有罪判決)が2本、俳優の知乃さんのセクハラ(2018年4月、高校時代に演出家の市原幹也さんからセクハラを受けていたと告発)が2本、広河隆一さんの週刊誌報道(複数の女性が性的暴行を告発。『週刊文春』、2018年1月3日・10日号(12月26日発売)で報道)が2本、その他、モデルの広告撮影時のセクハラ告発、匿名の女性による芸能界のセクハラ、性犯罪刑法改正、男性のセクハラ被害、就活セクハラなどで、文字数の少ないベタ記事数本を含みます。

「毎日」の内訳は次のようになります。

①海外のセクハラ 59本
②識者インタビューや寄稿 26本
③社説や記者の論説 21本
④福田元事務次官のセクハラ 19本
⑤フラワーデモ 15本
⑥伊藤詩織さん 7本
⑦広河隆一さん 4本
⑧TOKIOメンバーの事件 3本
⑨はあちゅうさん 1本
⑨父親からの性暴力事件 1本
⑪その他、性犯罪刑法改正など

「毎日」の海外のセクハラに関する記事は約3割の59本です。続いて、識者インタビューや寄稿が26本(14%)で男性5人、女性22人、それから、社説や記者の論説などが21本(11%)でした。

次に多かったのが、福田元事務次官のセクハラで、関連する記者の論説などを含めると、19本。さらに、フラワーデモが15本、伊藤詩織さんが7本、広河隆一さんが4本、TOKIOメンバーの事件(2018年4月、TOKIOのメンバーが女子高生に対する強制わいせつ容疑で書類送検された事件)が3本、はあちゅうさんが1本、父親からの性暴力事件が1本、性犯罪刑法改正などです。また、テレビ局勤務の女性と元新聞記者が匿名で報道機関のセクハラを告発したもの、写真家とモデルが実名で被害を語った記事もありました。

海外のセクハラ関係のニュースでは、「朝日」も「毎日」もアメリカの出来事が最も多く、トランプ前大統領の中間選挙に関連した記事(朝日12本、毎日7本)と、トランプ前大統領が指名したカバノー最高裁判事の性暴力(10代のときの性暴力で告発された事件)(朝日6本、毎日7本)が掲載されました。その他、「朝日」はノーベル賞に関する記事(2018年5月、ノーベル文学賞の発表見送り、委員家族の性的暴行疑惑。10月、性暴力被害者の救済に取り組んできた、ムクウェゲ氏とムラド氏にノーベル平和賞。他)を19本も取り上げています。

ほとんど注目されていなかった#MeToo運動の動き

日本で#MeToo運動が大きく取り上げられるきっかけとなったのは、2018年4月の財務省の福田淳一元事務次官のセクハラ発言報道でした。そのため、それ以前の#Me Too関連記事はさほど大きくありません。

「朝日」が#MeTooという言葉を最初に使ったのは、2017年10月18日に「セクハラ被害『MeToo』 ハリウッドの疑惑契機に」です。

「毎日」は、イギリスのサッカー選手の強姦未遂事件を2017年10月24日に報じ、10月30日にロイター通信の「フランスで大規模な反セクハラデモ、ワインスタイン氏の疑惑受け」、11月12日には米国サッカー選手のセクハラ、そして、11月16日に「性的被害『私も』 SNSで広がる告発」を掲載しています。

この運動に注目をしはじめたのは、両新聞とも、アメリカの雑誌『タイム』の「今年の人」に、性的嫌がらせや被害経験について声を上げた人たちの勇気を称え「沈黙を破った人たち」が選ばれたからのようです。この記事は、両紙とも、2017年12月6日に掲載しています。

これを受けてか、「朝日」は、2017年12月24日「米俳優ツイート契機 『#Me Too』世界に拡大」を掲載しました。2018年1月15日から29日にかけては、朝日新聞デジタルが実施したアンケート結果をもとに、5回にわたってフォーラム「『#MeToo』どう考える?」を連載しています。

しかし、その後の2~3月は識者インタビューなどがほとんどです。

「毎日」も、12月下旬に、はあちゅうさんと伊藤詩織さんを取り上げ、2017年12月28日に「日本でも#MeToo セクハラ告発、ブロガー訴え機に続々」と報じています。

ところが、その後、1~3月に掲載された22本の記事のうち、13本が海外のニュースで、残りは記者や識者のオピニオンです。

財務省元事務次官のセクハラ発言で盛り上がるが…

財務省元事務次官のセクハラ発言問題については、両紙とも多く取り上げています。しかし、「セクハラ疑惑」という言葉を使い、どちらの報道機関も、真相を掘り下げるような独自取材はしてはいません。この事件で報道機関のセクハラも明るみに出ましたが、女性記者が紙面で苦情を書くだけで、その構造的問題を追求することなく終わっています。

また、どちらの新聞も海外の反応を気にかけ、「朝日」は、「セクハラ疑惑、世界はどう見る? MeTooにも言及」(2018年4月17日)、「福田次官辞任、海外の反応 『#MeToo』関連で報道」(2018年4月19日)と伝えています。

「毎日」は、2018年4月22日に「背景に『男女格差』 海外メディア指摘」という860文字の短い記事と、2018年5月11日に「ノルウェー外相 日本のMeToo運動を評価」を掲載しました。

このセクハラ疑惑は、対処法を提案することで完結しています。「朝日」は、「(セクハラを考える:上)対処法は 抱え込まず、支えてもらおう」(2018年5月22日)、「(セクハラを考える:下)会社は 加害・被害、生まぬ風土に」(2018年5月24日)で、専門家の意見や男女雇用均等法で設置が義務づけられている相談窓口などを紹介しています。

「毎日」は、「社外セクハラ対処法は 相手に伝わるように『NO』」(2018年4月27日)を掲載しました。また、被害者たたき、被害者救済に着目した記事が3本ありました。これらの記事は、被害に遭わないための一般的な対処法にすぎず、セクハラの根本的な解決法を提起しているわけではありません。

ここでは含めなかったのですが、2つのキーワードで検索された記事のなかで多かったのが、ハイヒールの強制に抗議する#Ku Too運動で、「朝日」が7本、「毎日」が10本でした。
海外と違い、次第に#MeToo運動からは離れて、「朝日」は政治や経済の男女格差、「毎日」はフェミニズムに流れていく傾向がみられました。

日本でも、#MeToo運動に背中を押されて複数の女性が性的暴行を告発しましたが、独自の調査報道でセクハラ被害の実態を暴くことは、いまのところほぼありません。


 

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