NYTセクハラ報道のベテラン女性編集者が語る調査取材の重要性 2/3

海外の報道

「ニューヨーク・タイムズ」(以下、「タイムズ」)のワインスタインの性犯罪報道では、記事を書いた記者だけでなく、ベテラン女性編集者コルベットが大きな役割を担ったことを前回書きました。

今回は、コルベットが調査記事について考え、実行した4段階のステップの具体的な内容をみていきます。 

その前に、コルベットが講演(2020年3月2日 ロイター研究所・オックスフォード大学主催)の冒頭で語った内容を紹介します(以下、引用はすべて講演記録)。

ちょうど1週間前に、ハーヴェイ・ワインスタイン氏はレイプで有罪になりました。この訴訟の判決は、決して初めからわかりきっていた結論ではありません。彼の告発者の話はひどく込み入っていて、被告であるハリウッドのプロデューサーはその脆弱性につけこみ、自分は男性に対する反発の被害者であると主張しました。

ワインスタインに対する告発は、2017年に、職場でのセクシュアル・ハラスメントおよび性的虐待の世界的な主張の発端となりましたが、彼の刑事訴訟は、2人の女性を中心とした限られたものでしかありません。

しかし、裁判は当然、より重要な意味を持っています。判決が言い渡された後、ワインスタインに対する告発者の多くが、ホッとして、涙を流しました。弁護士は、刑事司法システムは性犯罪の被害者が敗訴になるケースが多いため、これはまさにうまくいったことを示す、きわどいギリギリの裁判だったと言いました。世界中の女性たちが、#MeToo運動、そして、声を上げる力の勝利と宣言しました。

どのようにここまでたどりついたのか、お話ししたいと思います。現在では90人以上の女性から告発されている、ハーヴェイ・ワインスタインの性犯罪の記事は、ジャーナリストたちの粘り強い取材から生まれました。私は、調査報道がどのように進められたのか、調査報道が何を必要としているのか、調査報道がなぜこれまで以上に重要なのかをお話しするために、少し過去にさかのぼりたいと思います。

私たちは、ジャーナリズムが世界中で攻撃され、ときには記者が命を失うという時代に生きています。大衆の知る権利も脅かされています。事実についての意見の一致という概念そのものが、崩れています。政府から企業、個人にいたる権力者が、噂やデマ、プロパガンダ、ヘイトスピーチを流すことで、混乱と懐疑の原因を作っています。そして、業界の厳しい経済状況が、信頼できる情報を見つけることをより難しくしています。アメリカ中のニュース報道編集部が解体されたり、閉鎖されたりしています。地方のジャーナリズムは、ストを恐れています。町や市はどこも、ほとんど、またはまったく記者の取材が行われず、住民は、自分の住んでいる場所で起きていること、自治体のリーダーの説明責任について、基本的な情報を知らないでいるのです。

ステップ1「そこにそれがあるのか?」
追跡するものがあるのか? あるのならば、それは公益といえるか?

「タイムズ」の性的嫌がらせ調査取材チームがスタートしたとき、記者ジョディ・カンターは、ワインスタインの噂をコルベットに伝えたところから、この調査取材ははじまります。

ワインスタインの調査がはじまったとき、私たちは、彼が何か悪いことをしたのかどうか、まったく知りませんでした。彼は、女優たちの擁護者であり、民主党の資金調達者や、デモに参加するフェミニストとして自分自身を演じており、バラク・オバマ元大統領の長女が彼のスタジオで夏期インターンとして働くほど信頼できる人とみられていました。

ジョディは、2017年5月に取材を始めましたが、数週間たっても何も有益なものは見つけられませんでした。私たちは、被害者とみられる人との信頼を築くにはどうしたらいいか、広報担当者に邪魔されずに女優と直接連絡するにはどうしたらいいかなど、数多くの戦略を立てました。私たちは、興味をそそりながらも、おじけさせないメールをどう書いたらいいか、話し合いました。

5月、ジョディは、女優のローズ・マッゴーワンから、ワインスタインの性的嫌がらせの話を聞きます(『その名を暴け #MeTooに火をつけたジャーナリストたちの闘い』41ページ、以下すべて同書)。

「ジョディは入手した情報をすべて携えて、『タイムズ』の先輩で、込み入った事件の調査が得意な編集者、レベッカのところへ相談に」いき、「ふたりはマッゴーワンの主張に裏付けが取れるかどうか話し合い」 、「ほかの女性もあの男(ワインスタイン)に同じ目に遭わされているのではないか」という疑問を抱きます。

「それを突き止めるのは大仕事になりそうだ」と察したコルベットは、6月半ば、「ジョディに、同僚のミーガン・トゥーイー記者に連絡をとるよう助言」しました(43ページ)。

コルベットは、出産休暇を取っていたミーガンが7月5日に「タイムズ」に復帰したとき、ワインスタインの調査に加わることに興味があるか、訊ねます。ミーガンは1日考え、ジョディと調査に取りかかる決断をしました(84ページ)。

8月、ジョディとミーガンは、女優グウィネス・パルトローの家で直接話を聞きます。

次の1ヶ月ほどで、ジョディは、3人の有名な女優、ローズ・マッゴーワンさん、アシュレイ・ジャッドさん、グウィネス・パルトローさんから、彼女たちがワインスタインとホテルの部屋で会い、煩わされたことを聞きました。マッゴーワンさんが、プロデューサーから示談金を受け取ったというのは、重要な情報でした。

その時点では、女優は誰一人、公表を望みませんでした。でも、ワインスタインが職場で女性たちに性的不正行為を繰り返していたなら、それは深刻な事件です。追跡する価値があるのです。

ステップ2「その話は入手できるのか?」
取材をどう進めていけばいいか?

コルベットは「この事件のことにすっかり精通していて、この調査を先に進ませることに強い関心を抱き、記者たちを支えながらも、厳しい眼で取材の進捗を検分して」(90ページ)いました。

一方で、「ホテルの部屋での体験談が増えていくのを見て、懸念することがあった」ため、数日おきに「被害女性たちを公表する上で、あなたたちはどんな戦略を立てているの?」とジョディとミーガンに訊いています(91ページ)。二人の記者から返ってくる、「もしそれなりの数の被害者を見つけ出せたら、安全のために全員を一斉に公開する」という答えを、レベッカは「ひどく危なっかしいやり方」とみていました。

彼女は、「ジョディとミーガンがホテルの出来事をたくさん集めても、それを報道することができず、結局一本の記事も発表できないまま終わるのではないか、と案じていた」のです。

最初から、私たちのゴールは、目撃者がいない、プライベートで会った2人の相反する説明に頼るのではなく、彼が言った・彼女が言ったというセクシュアル・ハラスメントや不正行為の告発の力関係を越えることにありました。このような苦情と否定は、多くの場合、何の解決も生み出しません。私たちの意図は、不正行為があったかどうかを知るために、調査報道の手段を適用し、不正行為を証明するために、示談金の書類、秘密保持の同意書、会社のメモ、メール、被害者・目撃者・事件について何かを知っている他の人たちのインタビューといった数々の証拠を集めることでした。

数か月経ったころ、ミーガンとジョディは、ワインスタインの映画会社の元従業員から、20年以上前に、彼の会社から突然消えた若いアシスタントについて知らされました。その元従業員に連絡を試みましたが、返事はなく、ミーガンは、ニューヨーク郊外の彼女の母親の家に行くことにしました。ミーガンがその家を訪ねると、元従業員がそこにいたのです。「この25年間<訳注:『その名を暴け』では「27年」>、玄関扉を叩く人が現れるのをずっと待っていた」と彼女は言いました。

ミーガンは彼女としばらく話しましたが、女性はワインスタインについて何も言わず、辞めた理由も話しませんでした。しかし、彼女は重要な手がかりを与えてくれました。彼女は注意深く言葉を選び、彼の会社と労働紛争があり、解決にいたったと言いました。ミーガンは、示談書にサインした人の言葉を理解しました。このプロデューサーが、女優だけでなく、自分の会社の従業員も犠牲にしていた可能性があることを意味します。

ジョディは女性を取材するために西海岸とイギリスに行きました。彼女とミーガンは二人とも、現在および以前の従業員を見つけだしました。それから、彼女たちは内部の人物、ワインスタインの会社に長く勤めている財務会計士にたどりつきました。その人物は最終的に、ワインスタイン氏の女性に対する虐待について会社幹部の間に回覧された悪事を証明するメモを提示してくれたのです。

それまでに、記者たちは、ワインスタインの補佐役の話から、プロデューサーに虐待されたと主張した女性の少なくとも8人から12人に示談金を支払ったと知ました。
ステップ3「報じる価値のある記事か?」

8月から9月にかけて、ジョディとミーガンは、「ワインスタインの女性に対する不適切行為を知れべてわかったことがいろいろあるのにもかかわらず、記事にできるものがほんのわずかしかない」ことに悩みます。

「コルベットは、ふたりをマンハッタンのミッドタウンにある静かなバーに予備、審辱状況について尋ね」(175ページ)ました。ジョディとミーガンは、「ワインスタインとの経験を話してくれたスターたち、元従業員、示談者」からの「これまで手に入れた情報を列挙」します。

コルベットは、「ふたりがどんな情報を入手しているか正確に把握したうえで」、「報道を前提で話してくれる女性は何人いるのか、示談書は何通確認できたのか」という「重要な指摘」をしました。

この時点で、記事にすることを最終的に許可してくれた人はおらず、示談金が支払われた証拠も完ぺきとはいえませんでした。

「記事にできるところまでいっていない、ということね」とコルベットは言います。

ある夜、ミーガンとジョディが私にすべての証拠を見せたとき、私たちはまだ報道できるものではないと答えました。

彼女たちは素晴らしい仕事をしていましたが、もっとやる必要がありました。示談書および秘密保持契約の同意書にサインした女性の数人は協力的ではなく、秘密を明かすことで、反則金や法的措置を含む反撃を恐れていました。告発者の誰一人、名前を公表したがりませんでした。私たちは、示談の詳細をすべて知っていたわけではありませんでした。

ワインスタイン側との攻防もはじまっていました。

調査記事では通常、調査対象者の意見も記事に必要ですが、ハーヴェイ・ワインスタインはインタビューを拒否していました。彼は、「タイムズ」の発行人とトップ編集者に電話して抗議しましたが、記者と編集者に話さなければならない、と言われただけでした。

その間、彼は私たちを妨害していました。ワインスタインの支持者たち、現在または以前の従業員が、ジャーナリストに話たかもしれないと彼が疑っていた女性たちの何人かに電話をし、過去のことを持ち出して、記者が接触したら知らせるよう求めました(電話をしたひとりは、タイムズの調査報道チームを「ごきぶりジャーナリスト」と表現しました)。

その後すぐ、ワインスタインと彼の弁護士が、私たちの記事をつぶそうとして、イスラエル企業のブラック・キューブを含む、民間のスパイ集団を雇ったことを知りました。元イスラエル諜報特務庁のエージェントのひとりは、ローズ・マッゴーワンさんが記者に話した内容を探るために、マッゴーワンさんに接近してきました。同じエージェントは、女性の権利の提唱者を装い、ジョディに連絡してきました。

私たちは、ワインスタインがアドバイザー集団を雇ったことを知りました。報道前日、彼の弁護士のひとりが、タイムズを訴えると脅す18ページにわたる手紙を書いてきました。

18ページの手紙を受け取った取材チームは、「記事のなかの一行たりとも変える理由はない」と、 ワインスタインからの脅しに降伏しない決意を固めます。

 

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