『ローリング・ストーン』誌のレイプ誤報を教訓にする海外メディア1/2

海外の報道

#MeToo運動以降、セクハラや性暴力の取材・報道は増えましたが、ジャーナリストにとってこのテーマは非常に高度な技術を必要とするものであることには変わりありません。その理由は、裏付けを取り、物的証拠を集めて、不正を証明するのが極めて困難だからです。

しかも、誤った性犯罪報道は、人権侵害やコミュニティの崩壊など、広範囲にわたって計り知れない影響をおよぼします。

アメリカでは実際、雑誌『ローリング・ストーン』のレイプ記事が撤回されるという事件が起きました。この問題はアメリカだけでなく、イギリスなどでも騒然となり、いまでもレイプや性暴力を報じる際の教訓になっています。

2014年11月9日、ヴァージニア大学の新入生だった“ジャッキー”という仮名の女性が、同大学の友愛クラブ「ファイ・キャッパ・サイ(Phi Kappa Psi)」で集団レイプに遭ったという「キャンパス内のレイプ:ヴァージニア州立大学の残酷な暴行と正義のための闘争(A Rape on Campus: A Brutal Assault and Struggle for Justice at UVS)」の記事が、『ローリング・ストーン』に掲載されました。

この記事は大反響となり、電子版記事においては、著名人関連ではない記事のなかでは最も多い270万以上のアクセス数を記録しました。

しかし、記事を掲載した11月9日から2週間後の11月24日、ジャーナリストのリチャード・ブラドレイはブログに「『ローリング・ストーン』の記事は事実か?」という、ジャッキーの記事の信憑性への疑いをほのめかす投稿をしました。それにつづき、記事を書いた記者アーデリーがオンラインマガジンSlatのインタビューを受けます。

12月5日には、「ワシントン・ポスト」の記者T・リーズ・シャピロが、ヴァージニア大学での取材を基に、この記事の疑惑を追求する記事「Key elements of Rolling Stone's U-Va gang rape allegations in doubt」を発表。

同日、『ローリング・ストーン』はオンラインで、記事には“矛盾点がある”と謝罪文を掲載します。

ヴァージニア州シャーロッツビル警察署は捜査を開始し、2015年1月12日に大学に対し、『ローリング・ストーン』の記事にあるような事件の証拠は見つからなかったと述べ、3月23日に、確かな証拠がないことから、4カ月におよぶ捜査を中止しました。

ニューヨークのコロンビア大学ジャーナリズム大学院は、『ローリング・ストーン』の依頼で記事発表までの編集過程を調査し、このレイプ記事には「取材と編集、編集上の監督、事実確認に問題がある」と判断しました。この記事は、匿名を使い、重要な情報の出典を示さず、取材内容の矛盾をごまかすという、報道の本質的な手順を無視して作られたことが明らかになったのです。

2015年4月5日、『ローリング・ストーン』は記事を完全に撤回しました。

この撤回事件で、『ローリング・ストーン』は、評判を落としただけでなく、加害者とされたヴァージニア大学の関係者などが『ローリング・ストーン』と記者を相手取って起こした訴訟で、多額の損害賠償金を支払うことになります。

2015年5月2日、ヴァージニア大学で性暴力問題を担当する副学部長が『ローリング・ストーン』と記者を提訴します。暴行場所として名前が出た友愛クラブ「ファイ・キャッパ・サイ」の元会員の3人も、同年7月に提訴しました。

ヴァージニア大学とは、2016年11月7日、『ローリング・ストーン』とアーデリー側が300万ドル(3億3000万円)を支払うことで和解。ファイ・カッパ・サイにも、2017年6月13日に『ローリング・ストーン』とアーデリー側が165万ドル(1億8000万円)を支払うことで和解しました。

『ローリング・ストーン』の記者と編集者たちは、調査報道が大学内の性暴力に警鐘を鳴らし、当該大学だけでなく、他の大学に体質の改善を求めることを望んでいましたが、この雑誌が犯した過ちは、「レイプの話は女性たちのでっちあげだと主張する者たちに有利な情報を提供し、大学構内のレイプ根絶運動の足を引っ張る羽目になった」(『その名を暴け #MeTooに火をつけたジャーナリストたちの闘い』、42ページ)と厳しく批判されたのです。実際、嘘のレイプ告発は2~8%しかありません。

コロンビア大学ジャーナリズム大学院の調査報告書「Rolling Stone’s investigation: ‘A failure that was avoidable’ - Columbia Journalism Review」(以下、「調査報告書」)により、この記事は、ライターのサブリナ・アーデリーさんが、レイプ被害者の証言の裏付けをとらず、アーデリー記者を信頼していた編集者たちも事実確認をしないまま発表に踏み切るという、ジャーナリズムの重要な編集手順を踏まなかったことが判明しました。

ライターや編集者たちは、"ジャッキー"を酷い性的暴行のサバイバーだと思い込み、彼女に肩入れしすぎていたのが、誤報の最大の原因だと打ち明けています。女性の話を鵜呑みにしたのは、「レイプのサバイバーの証言を信用しなければならない、二次被害を避けなければならない」という見識に強く影響されてしまったからです。

声を上げたサバイバーを尊重し、その証言を信用するのは、性暴力事件においては特に重視されています。性暴力サバイバーを支援する社会学者や心理学者、トラウマ専門家らは、ジャーナリストに対し、サバイバー、特に若いサバイバーがいかにレイプで傷つき、羞恥心や無力感、自責の念にかられるかを理解させてきました。サバイバーの話を信じることが重要で、あれこれ質問することを抑制するよう厳しく注意を促しています。

これはよい助言ではありますが、こうした概念にとらわれすぎる懸念も指摘されているのです。確証バイアス、つまり、既存の前提にとらわれ、矛盾や反証情報を見落とし、主観的な視点でものごとを選択する傾向にあったことが、この『ローリング・ストーン』のレイプ誤報の要因と考えられます。

レイプ事件の報道の課題のひとつは、サバイバーに対する気配りと必要とされる事実調査のバランスのとり方にあります。記者が調査の厳密な手順を省くのは逆に、懐疑によりサバイバーを追い詰める恐れがあり、サバイバーにとっていいこととはいえません。

「キャンパス内のレイプ」の過失は、アーデリー記者が記事をねつ造したのではなく、情報提供者である女性から聞いた話が正しいのかを綿密に調べることなく、彼女を信用したことにあります。

記事はすでに撤回されているため、「調査報告書」などから、経緯をみていきます。

 


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