NYTセクハラ報道のベテラン女性編集者が語る調査取材の重要性 1/3

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これまで3回にわたり、#MeToo運動を広げるきっかけとなった、「ニューヨーク・タイムズ」(以下、「タイムズ」)のワインスタインの性犯罪調査報道の手順についてみてきました(「ニューヨーク・タイムズのセクハラ調査報道 1/3 日本では注目されなかった優れた調査報道2/3 入念な取材と情報の徹底的な裏付け3/3 原稿から記事発表まで徹底した調査報道」)。

この報道は、 ジョディ・カンターとミーガン・トゥーイーの記名記事ですが、ワインスタインの性犯罪を追ったのは、「タイムズ」の調査報道部の取材チームです。調査報道部のふたりの部長のうちのひとり、編集者のレベッカ・コルベットも、ワインスタインの報道で重要な役割を担いました。

ジョディとミーガンの著書『その名を暴け #MeTooに火をつけたジャーナリストたちの闘い』(以下、『その名を暴け』)にも、「『タイムズ』のふたりの女性記者がワインスタイン事件を報道したと知ることになるが、実際にはふたりではなく、コルベットを含む三人でつかんだ成果だった」(91ページ)とあり、2人の記者は「謝辞」で、「『タイムズ』の担当編集者レベッカ・コルベットは、わたしたちの羅針盤でした。わたしたちをワインスタインの調査へと導いてくれた」(400ページ、以下すべて同書)と述べています。

60歳を過ぎた編集者コルベットは、 ジョディとミーガンと同じように、「男性中心の編集局で鍛えられ、全力で仕事をしつつ娘を育ててきた」(91ページ)ジャーナリストです。アメリカでは女性ジャーナリストの進出が進んでいるようであっても、「タイムズ」の奥付にある編集者欄で女性が半数になったのは、コルベットの名前が記された2013年のことだそうです。

コルベットについて、『その名を暴け』 では、「懐疑的かつ用意周到、派手なことや誇大表現にはたちまち拒否反応を示す」「彼女の抱いている志はジャーナリストならではのものであり、個人的なものではなかった」と描写しています(90~91ページ)。

「グーグルの検索ではヒットしないほど、世間には知られていなかった」コルベットですが、「他人の仕事の真価を見抜き、称えることでとてつもない影響を及ぼしてきた」編集者として、新聞界で崇められていました。

同書には、コルベットの実績も紹介されています。

地方紙「ボルティモア・サン」にいたときの彼女は、新人記者だったデイヴィッド・サイモン(後に、『THE WIRE/ザ・ワイヤー』といったテレビドラマの脚本家兼プロデューサー、作家、ジャーナリスト)の指導係で、「犯罪と階級の社会学に関する野心的な記事を書かせ、彼が『サン』を去るまでずっと文章をチェック」していました。

また、「国家安全保障局が正当な理由もなくひそかにアメリカ国民を監視していていたことを 『タイムズ』のふたりの記者が突き止めたとき、コルベットはホワイトハウスが公表しないようにという厳しい圧力と水面下の激しい論争にも負けずに調査を続け、ブッシュ政権に対するもっとも大きなスクープ記事のひとつを世に放った」ともあります。

ワインスタインの性犯罪報道でも、コルベットはふたりの記者を支えます。彼女がこの調査報道にどうかかわったかは、講演(2020年3月2日 ロイター研究所・オックスフォード大学主催)でこう語っています(引用は講演記録、以下同)。

私は支援者、戦略家、懐疑論者、セーフティネットとして、さまざまな役割を担いました。編集者は、記事をできる限り強力なものに作り上げ、その一方で、素材の信頼性と根拠の正確さを確実にするために立ち戻らなければなりません。重大な記事の場合、私は、取材対象である人物や組織のインタビューに記者とともに同席しますが、ほとんどの場合、素材に没頭し、頻繁にチェックし、インタビューの後に、何を聞いたのかを尋ねます。
実際、質問することが、最も重要な仕事といえるでしょう。

それでは、コルベットが、ワインスタインのセクハラ報道にどのように関わったのか、 『その名を暴け』と、講演記録で追ってみます。

最初に、コルベットは、調査報道の重要性をこう語ります。

調査取材は、証拠に基づいたジャーナリズムです。社説やアドボカシーではなく、フェイクニュースでもありません。その目的は、事実を見出すことだけであり、その効力は、事実を明るみにすることだけです。

この種のジャーナリズムは困難を伴い、時間がかかります。文書、データ、インタビュー、目撃者の証言、物的証拠といったさまざまな情報を必要とし、説得力のあるジャーナリズム的主張をする編集の厳格さが求められます。そして、ほぼつねに、打ち明けたがらない人や組織が存在します。

しかし、それが重要なのです。

私たちの仕事は、何を考えるかを人々に語ることではなく、公益に影響をおよぼす、隠蔽された情報や活動を人々に伝えることにあります。そうした記事は、強者に責任を問い、正義をもたらし、生活を変えることができます。

調査報道ジャーナリストとして、私たちは、読者に、私たちが述べていることをただ信じるよう求めたりしません。私たちは証拠を提供し、その証拠がどこからきたのかをできるだけ明白にするよう努めます。 

調査記事は通常、記者のアイデア、編集者の指示、興味をそそるちょっとした情報からはじまります。

ワインスタイン氏の記事は、疑問からはじまりました。

「タイムズ」が性的嫌がらせ事件に力を入れるようになったのは、FOXニュースの司会者オライリーの報道がきっかけでした。

2017年春、「タイムズ」の調査報道チームは、FOXニュースのキャスター、ビル・オライリー氏が、数10年にわたって、職場での女性への性的ハラスメントの告発を数100万ドルの示談金で口止めしてきたことを暴きました。ケーブルTVの最も有名なスターだったオライリー氏は、この記事の数週間後に、解雇されました。FOXニュースはこの報道に驚いたからではありません。そこの役員たちは、示談金について知っていたのです。彼が厄介者になったからです。広告主が、女性消費者の反応を心配し、嫌悪感を持ちました。お金がものをいったのです。

この直ぐ後、「タイムズ」の記者と編集者の少数のグループが会議を開き、次のような問いを投げかけました。他の業界の他の男性たちに、不適切とみられる似たような秘密の話はあるか? 私たちは、シリコンバレー、ウォール街、医療業界や工場のような低賃金の労働者を雇うビジネスについて話し合いました。私たちはまた、漠然とした噂のある男性たちについても議論しました。調査報道チームのメンバーであるジョディ・カンターは、ハーヴェイ・ワインスタイン氏を持ち出しました。編集部の他の記者と同じように、彼女は、複数の報道機関が、ハリウッドのプロデューサーの調査を試みながらも、何も起きなかったことを知っていました。

コルベットは、記者ジョディに、「アメリカには女性たちに虐待に近い行為をおこなっている権力者がほかにもいるのではないか」「どの事件でも必ず突然現れてくる示談とは、どれほど一般的なものなのか、それによって性的嫌がらせがどう隠蔽されているのか」という「ふたつの問題の答えを探してほしい」と言います(60ページ)。

ジョディからワインスタインの噂について聞いたコルベットは、「個々の犯罪者にとどまらず、性的嫌がらせをのさばらせ、だれからも言及されない特定のグループや組織を突き止めろ」と記者に課題を出しました(60ページ)。 

会議の後、私はジョディに、2週間ぐらいの間に、初期取材をするよう求めました(彼女の取材パートナーになったミーガン・トゥーイーはそのとき育児休暇中でしたが、数か月後に合流しました)。私はさらに、ワインスタイン氏による性的不正行為の疑いがあるかどうか、ハリウッドをより幅広く見るよう要求しました。エージェント、監督、スタジオを所有する企業といったエンターテイメント業界の他の人たちは共犯者ではないか? 性的好意を求めることで男性が女性に仕事を提供するという、ハリウッドの枕営業文化が、1世紀以上もの間、どのように続いてきたのか? ハリウッドだけでなく、セクシュアルハラスメントが続いている組織的原因は何か?
こうして、ワインスタインの性犯罪調査報道がはじまります。 

コルベット編集者は、ステップ1~4の段階的に調査記事について考え、それにそって決定していったといいます。



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