週刊文春デイズジャパンのセクハラ記事は本当に正しいか?1/2 食い違う取材で得た情報と記事の内容

報道の検証

これまでみてきたイギリスやアメリカの現状からもわかるように、海外ではセクハラや性的暴行の報道は非常に難く、取材から記事の作成、報道後のフォローまで、多くのルールを設け、慎重に伝えています。それだけ性暴力は当事者の心身はもちろん、周囲の人にも多大な影響を与える残酷な犯罪だということです。

それでも、海外では、一般紙やニュース番組で女性に対する性暴力に関して真剣に報じ、そういったメディアでの報道の増加が#Me Too運動の大きな後押しになりました。

日本では、新聞がセクハラといった調査報道を行うことはほとんどなく、週刊誌などがセンセーショナルに報じる傾向にあります。 

ここでもう一度、#MeToo運動を盛り上げようと書かれた、「週刊文春」(以下、「文春」)が報じたフォトジャーナリスト、広河隆一さんの記事(2019年1月3日・10日号2月7日号)を検証します。

女性の被害者意識を強調

この記事の特徴は、証言している「報道の仕事を志す若い女性たち」が、そのタイプによくみられる、自立心が強く、自己主張のできる女性ではなく、性的暴行に直面しても、「恐怖で言葉を発せず、抵抗もできなかった」「抗えない」といった内気で従属的な弱々しい人として描かれていることにあります。

この「文春」記者(以下、記者)は、米国の#MeToo運動に触発されて記事を書いたそうですが、#MeToo運動の発端となった「ニューヨーク・タイムズ」(以下、「タイムズ」)記事(2017年10月5日)のワインスタイン(ハリウッド・プロデューサー)の被害者は、彼の性的不正行為に抵抗し、その何人かは、会社に抗議し、示談金で和解しています。

また、記者が引用した海外の人権派フォトジャーナリストについては、被害者となった駆け出しの若い女性写真家が彼のセクハラ行為を拒否し、直接抗議しました(「海外の人権派フォトジャーナリストのセクハラ事件1/2」「2/2」)。

ジャーナリスト志望だった伊藤詩織さんも、元TBS記者の山口敬之氏の性暴力に激しく抵抗しました。

ところが、「文春」の記事に登場するのは、自分に降りかかった不幸を誰にも言えず、泣き寝入りしてしまった女性たちです。

そのため、この記事は、女性の被害者意識を強調するだけに終わっていて、#MeToo運動を盛り上げ、女性たちを応援する内容にはなっていないといえます。

記者は、記事を書いた理由を2つ挙げています。「広河氏の素顔を知らせる」ことと、「『セクハラ・性被害は色恋沙汰ではなく人権問題』という認識が社会に広がる一助となる」ことです。

確かに、女性の被害を赤裸々に伝える手法により、「広河氏の素顔を知らせる」目的は果たしたのかもしれません。

セクハラ・性的暴行の報道は、こうした怨念を晴らすタイプでいいのでしょうか。

セクハラ報道のお手本ともいえる「タイムズ」の調査報道は、「サバイバー(被害者)との接触」「物的証拠の入手」「その情報の裏付け」「的確な表現での原稿作り」「調査対象への記事開示」という手順を踏んで調査報道が進められました。

ニューヨーク・タイムズのセクハラ調査報道 1/32/33/3
NYTセクハラ報道のベテラン女性編集者が語る調査取材の重要性 1/32/33/3

「文春」の記事は、そうした丁寧さに欠けています。

それだけでなく、「セクハラ報道と検証を考える会」が入手した、記者と広河隆一さんの取材のやりとりを記録した録音を調べたところ、取材で得た情報と書かれた記事とでは大きな食い違いがありました。ジャーナリズム倫理を逸脱し、事実をねじ曲げた疑いが出てきたのです。

それでは、記事を追って、詳しくみていきます。

杏子さんのケース:記者「強要とは言っていません」

週刊文春の記事にトップに登場する杏子さん(以下、女性名はすべて文春の仮名に基づく)は、フォトジャーナリスト志望だったとあります。

まず目につくのが、作為的な年齢の書き方です。

杏子さんは「当時」20歳、一方の広河さんの年齢は「現在」75歳と、トリッキーな記述をしています。広河氏は当時64歳だったのですが、年の差を際立たせるために、現在の年齢にしたのでしょう。

杏子さんは、デイズジャパンでアルバイトをはじめて1~2ヶ月が経ったころ、広河さんのパワハラ体質に気づきながらも、「写真を教えてあげる」と言われ、広河氏のホテルの部屋にひとりで入室してしまいます。

「抗えないまま」性的暴行を受けたといい、週刊誌の常套手段である衝撃的な文章で読者をひきつけます。

「(ホテルの)部屋に足を踏み入れた途端、杏子さんは広河氏にベッドへ連れて行かれた。恐怖で言葉を発せず、抵抗もできなかった――。」

しかし、こちらで入手した記者と広河氏の取材録音データでは、次のような会話でした(音声は「週刊文春の広河氏セクハラ記事の取材録音を入手」でお聴きください)。

記者:(ホテルの)部屋に行ったら、その場で、入ったらすぐのように関係を持たされた、と。
広河:強要したんですか?
記者:いや強要とは言っていません。まぁ、本人は、断る間もなく、という言い方をしてますけども。そこは、広河さんそういうことは…
広河:断る間もなく、そういうことをするってあり得ないですよ。
記者:そうですか。まぁ、それは本人がおっしゃっていたことなんですけど。
    (太字は「考える会」)

記者は「強要とは言っていません」と自ら説明し、広河さんは「断る間もなく」に反論しています。性的暴行のケースに限らず、両者の話が食い違い、どちらかの事実の確たる証拠を示すことができなければ、両者の言い分が違うことを書くのが、報道のルールといえます。

にもかかわらず、記者は「それは本人がおっしゃっていること」という告発者の証言のみを使い、しかも、「抗えないまま」と書いています。

「強要とは言っていません」と言いながら、それとは違う記事を書くのは、記者の基本姿勢が問われますし、記事全体の信頼がゆらぐのではないでしょうか。

杏子さんのケースはこれだけで終わりません。

この出来事の後もアルバイトを続けた杏子さんに、次の事件が起きてしまいます。

事務所でスタッフの男性と世間話をしていて、広河さんに突然、怒鳴られた杏子さんは、泣きながら帰路に向かう途中、タクシーでホテルに連れ込まれて籠絡されたとあります。

このホテルでの性的暴行については、「広河氏はコンドームで避妊していた」とわざわざ杏子さんの会話文で書かれています。「コンドームの避妊」は、性的暴力の悪質性を高める効果はなく、その逆の意味にもとれる恐れがあるのですが、あえて挿入されています。 

麻子さんのケース/記者「無理やりとは言っていないです」

2人目に登場する麻子さんは、ジャーナリストを目指すという強い意思を持ち、それゆえ、大御所フォトジャーナリストの性的暴行を拒否できなかったと証言しています。 

ここでも、年齢の記述に悪意がみられます。
麻子さんがデイズジャパンに出入りするようになったのは2007年で、「まだ18歳だった」のですが、広河さんの最初の性的暴行があったのは「2009年6月ごろから2カ月ほどの間」なので、そのときは20歳になっていたはずです。2度目の被害は2011年ですが、”18歳”をあえて目立たせる記述になっています。

麻子さんも、週刊誌では「NOという選択肢はなかった」など、“無理やり”だったことを印象づけています。実際の取材での会話をみてみましょう。

記者:新宿の西口で待ち合わせをして、そこからタクシーに乗って、歌舞伎町のホテルに行って…。
広河:それはどういう人なの?
記者:えっとー、本人は、無理やりとは言っていないです。無理やりとは言ってなくて。
広河:合意してなければ…
記者:ただ、望まない形で、自分はね。
広河:後で考えたら望まないんですか。
記者:はい?
広河:望まない人間、そのまま嫌がる人間なんか、僕は連れて行きませんけど。
記者:そこは合意があったと僕は考えていいと思います。

この取材は、告発者の証言に対し、広河さんに真偽を確かめる目的で行われました。記者は、証言が間違っている可能性があるため、「だから広河さんに聞いているわけです。本当ですか、そういうことがあったんですか?と」と述べています。

ところが、女性の証言を否定するような広河さんの発言に対し、記者は、「合意があったと僕は考えていいと思います」と同調したうえで、「不本意ながら”望まない形で”合意」というのがあることをアメリカの#MeTooで気づき、これもそのケースだといった持論を語ります。結局、事実確認の取材にはなっていないのです。

どちらの事実が正しいのか判断できない状況で、「僕は考えていいと思います」と記者本人が自分の意見を述べるのも、不適切な取材方法だと思います。

物的証拠と裏付けなしの報道

杏子さんと麻子さんのケースは証言のみで、その裏付けや物的証拠物について一切触れていません。

杏子さんの場合、最初の事件の後に、ホテルの部屋で、広河さんと杏子さんはモデルの撮影をしていたとあり、そのモデルを突き止め、取材することができれば、何か証拠がつかめたかもしれません。

2度目の出来事の際には、彼女と世間話をしていたスタッフの男性のコメントが重要な証拠になりそうですが、残念ながら、そうした裏付け調査についての記述もありません。

録音データによれば、告発者と広河さんの発言は異なります。セクハラ事件にはよくあることです。その場合、どちらの発言が正しいのか、さらなる調査が必要です。

しかし、「文春」記者は、「ま、これもね、片方の話ですけども…」とあっさり言ってのけ、裏取りをすることなく、その片方の話だけで記事を書いた可能性があります。

「タイムズ」では、「記憶に頼った体験談しかないのならば、『言った、言わない』の水掛け論になる可能性が高い」という理由で、徹底的な裏付け調査をしたとあります。二人の記者は、告発者の証言の裏付けを取るために悪戦苦闘します。告発者から当時相談された人などに連絡し、本人が覚えている話の内容と同じかどうかを確認しました。

「タイムズ」で暴露されたワインスタインのセクハラと同様な手口を、「文春」も報じています。若い女性に仕事の援助をちらつかせ、ホテルの部屋に連れ込むなどして、性行為におよぶというものです。

「タイムズ」は裏付け調査をし、物的証拠を得ていますが、「文春」の場合、2019年4月3日に東京新聞の電子版に掲載された記事(現在は削除)によれば、「今回の広河氏の取材では、音声や動画の証拠がなくても、複数の被害証言が得られ、共通点があればクロとして報じる手法があると思った」と記者が発言しており、複数の被害当事者証言と被害の共通点がセクハラの重要な根拠だったようです。

次回も、取材録音と記事との違いを検証します。

 

※「【検証・週刊文春】強要を否定の田村記者、記事では一転「抗えないまま」に: 田村記者の取材と記事の検証(1)」(2020年3月8日)を加筆更新しました。

 

デイズジャパン最終検証報告書の検証(15) 【NYタイムズと週刊文春】
デイズジャパン最終検証報告書の検証(16) 【NYタイムズと週刊文春】
デイズジャパン最終検証報告書の検証(17) 【NYタイムズと週刊文春】

 

 


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