前回「【NYタイムズと週刊文春】セクハラ被害者1人で4ページ:デイズジャパン最終検証報告書の検証(16)」に引き続いて、今回もワインスタイン氏のセクハラを暴露したニューヨークタイムズ紙の最初の記事(2017年10月5日)と、週刊文集の広河隆一氏の記事(2019年1月3日・10日号、2019年2月7日号)の比較を続けます。
被害証言の裏付けを取るNYタイムズ vs 「共通点があればクロ」にする週刊文春
ニューヨークタイムズ紙の記事に書かれているセクハラ被害は11ケースで、インタビューに応じたという8人のうち、5人の“エピソード”(この記事では、セクハラ被害を“エピソード”と表現しています)が紹介されています。女優のアシュレイ・ジャッドさん、元従業員のローラ・マッデンさん、ドキュメンタリー映画作家カレン・カッツさん、元従業員のサリー・ホッジさん、元女性従業員で、本人の証言だけでなく、いずれも別の人から裏づけを取っているのがわかります。
それ以外は、同僚のメモにある女性アシスタントの“エピソード”が1件で、残りの5ケースは当事者がコメントを拒否しており、同僚らの証言や内部資料などに基づいて、セクハラの事実が書かれています。
コメントが取れなかった5人のうち4人は、ワインスタイン氏と和解が成立した女性たちです。記事によると、和解金を受け取ったほとんどの女性は、守秘義務に合意させられているとあります。和解の交渉をした弁護士や事情をよく知る社員などのコメント、内部資料で、ワインスタイン氏は少なくとも8人の女性と和解を成立させたことが明らかになっていますが、ワインスタイン氏はその件に関して回答を拒否しています。
「共通点があればクロ」と週刊文春の記者の発言(2019年4月3日の東京新聞の電子版に掲載された記事、現在は削除)のごとく、ニューヨークタイムズの調査でも、ワインスタインのセクハラは同様の手口で行われていました。若い女性に仕事の援助をちらつかせ、性行為におよんだというものです。広河氏のケースは、ホテルの部屋2件、裸体の撮影3件、不適切な発言3件でした。
当然のことですが、手口に共通点がある、というのは、誰がどうやってその客観性の評価をするのでしょうか。それを週刊文春は語りません。
一方のワインスタインは、インタビューした8人の女性全員が、女優志願の20代のときにホテルの部屋に呼ばれたと証言しています。同じパターンの不適切な行為は、ビバリーヒルズ、ロンドン、カンヌなど各国にまたがり、約30年間繰り返されてきました。
ニューヨークタイムズの記事には、「不適切な行為の経験を語ったほとんどの女性は、お互い会ったことがなかった。彼女たちの年齢は、20代から40代後半で、別の町に住んでいる」と書かれています。
「何人かは目撃者がおらず、ワインスタイン氏の仕返しを恐れて、行為を報告しなかった」のですが、被害を受けたほぼ全員が、信用できる同僚など仕事仲間に打ち明けていた、とあります。週刊文春の記事と違い、ニューヨークタイムズのサバイバーの証言はすべて裏づけが取れています。
NYタイムズは多彩な情報を読者に提供 vs 被害の訴えで構成する週刊文春
ワインスタイン氏の女性の扱いのひどさは、一緒に仕事をした数多くの人たち、現在も過去も、アシスタントからトップ幹部までが知っており、彼の会社の役員はその対応に追われたとも書いてあります。
複数の元従業員は、「ワインスタイン氏は、強烈な個性の持ち主で、カッとなって男性でも女性でも従業員を個人的に痛烈に非難する傾向があった」と述べ、ミラマックスのマーク・ギル前社長は「外から見ると、オスカーを獲得し、素晴らしい文化的な影響を及ぼし、黄金のようだった」「しかし、裏はめちゃくちゃで、これ<訳注:ワインスタイン氏の女性問題>がすべてのなかで最悪だった」と語ったとの記述があります。
記事はワインスタイン氏を一方的に非難するだけでなく、一緒に働いた多くの女性は、「セクハラの経験は一度もなく、それを耳にしたこともない。若い時に素晴らしい機会を与えてくれた上司」として記憶しており、「良き指導者、擁護者として彼をほめたたえ、彼との仕事に満足している、と説明する人もいた」ことが記されています。
ワインスタイン氏は、個人的にも仕事でも面倒見がよく、チャーミングで寛大な面があり、「カンヌ映画祭ではときどき、臨時ボーナスとして数千ドルを手渡した」と語る複数の元同僚もいたそうです。
彼の元アシスタントの多くが、ハリウッドで高い地位に上り詰めており、彼との仕事は、金儲けや名を売るチャンスとつながる特権であり、敵対すれば犠牲が大きいと多くの人が考えていたといいます。
ワインスタイン氏は、この記事が出る前に、「昔の従業員に対する態度が、大きな痛みをもたらしたことを認め、それを心から謝罪する」といった謝罪文をニューヨークタイムズ紙に寄せています。ここでは、リーサ・ブルーム弁護士に過去一年間にわたってジェンダーと権力の力学についてアドバイスしてもらっていたことにも触れ、「セラピストのカウンセリングを受け、この問題と真正面から取り組むために休暇をとる予定である」と書かれています。
ブルーム弁護士は、ニューヨークタイムズ紙の取材に対し、「『彼のような大スタジオのトップは、業界の他の大半の人と権力の差があるため、どんな動機であれ、彼の言動は不適切、威圧的と受け取られる』と説明していた」と語り、「ワインスタイン氏は、多くの苦情は全くの間違いと否定している」とも述べています。
ワインスタイン氏が手掛けた映画、「セックスと嘘とビデオテープ」「パルプ・フィクション」「グッド・ウィル・ハウンティング/旅立ち」などにも触れていますが、これらの作品の価値を問う記述はありません。
このように、ニューヨークタイムズ紙のセクハラ報道記事は、当事者の証言だけでなく、さまざまな角度から読者に情報を提供し、そして、ワインスタインのセクハラの事実を立証しています。
日本はどうでしょう。調査報道としてこの問題を扱わず、手記のような記事に慣らされていては、セクハラや性暴力の社会的意識はなかなか高まらないのではないでしょうか。