前回の「食い違う証言、今度は「不自然」「自然」を持ち出す杜撰な認定: デイズジャパン最終検証報告書の検証(13)」では、「デイズジャパン検証委員会『報告書』」(以下、「検証報告書」)の「第10 デイズジャパン社のコンプライアンス」の証言の1件を検証しました。
今回はもう1件の女性社員からの抗議(91頁14行目~29行目)を検証します。
証言者の証言でのみ構成
特徴は、1人のみの証言で構成されている点です。同じ事案だと思われる証言「広河氏は、広河事務所スタッフの女性を性的に誘い、それを断られたら、退職に追い込むような態度をとっていた。退職後の給与計算で、不当なことをしようとしていた」(24頁9行目~11行目)と重複しています。
不思議なことに、「デイズジャパン社の対応」(91頁31行目~37行目)の項にも、広河氏やデイズジャパン社側の人の証言はなく、同じ証言者の話しか記載されていせん。
この社員はサバイバーでもあり、「自分の態度が広河氏に誤解を与えたのかとしばらく自責」し、新しく入ってくる女性社員やボランティアに、「『広河さんはそういう問題行動をすることがあるから気を付けて』と伝えるようにしていた」と述べています。
そして、ボランティアの女性から被害を受けたことを聞き、広河氏に「『彼女達にしたことはセクシャルハラスメントです……』と抗議」したが、「認めようとしなかった」とあります。そこで、「『以前私にああいうことを言ったことも、セクハラだったと思います』と述べ」たら、「広河氏は無言で黙り込み、それ以上の対応をしなかった」と書かれています。
さらに、同じこの女性の証言によると、広河氏の海外出張に同行する新入性女社員らに、「広河氏はセクシャルハラスメントをすることがある」と事前に伝えたところ、出張中に広河氏が「注意喚起したことを知った」らしく、出張に同行した他の社員に対して広河氏が「激怒していたと聞いた」とあります。
これに関して、検証委員会はデイズジャパン社の対応を論点にしています。
検証報告書は「証言者は以下のように述べる」として、次のように書いています。
その女性は退職を控えており、広河氏は「未消化の有給休暇を買い取ることについて合意していた」が、退職後に実際に支給された給与額は「大幅に少ない日数しか買い取られていなかった」というものです。
これに対しこの女性は、「日数が減らされたのは、……注意喚起したことへの報復であるとしか考えられないと感じ」たと述べ、「不満を抱いた」のですが、「それまでの広河氏の態度をよく知っていたため、これについて抗議しても疲弊し傷つくだけだと考え、そのままあきらめざるを得なかった」と証言しています。
普通なら、この証言の妥当性について検討しますが、この女性の話で、終わってしまいます。
「デイズジャパンの対応」と見出しを立てながらも、証言者の推測ともとれる内容しか記載されていないのは、不可解です。支給された給与額が少ない理由が、実際に“報復”だったのか、検証委員会は検証した痕跡はありません。
どうして、広河氏やデイズジャパン社側の人の証言は載っていないのでしょうか。
こうした不可解な点は他にもあります。
推論や独自の解釈を多用
「第10 デイズジャパン社のコンプライアンス」の「3 ハラスメントへの抗議とデイズジャパン社の対応」(90頁16行目)には、6件の証言があり、そのうち3件は、「デイズジャパン社の対応」に証言者の話しか記載されていません。
この第10章の「4 役員らの監視義務の履行状況」では、「(1)役員ら全員による監視義務の放棄」(95頁32行目)を指摘しています。
ここでは取締役の川島氏(96頁30行目~98頁15行目)についてみていきます。
川島氏は検証委員会に対し、「『食い違う』証言を裏取りせず『被害』を認定 検証委の役割逸脱の可能性も:デイズジャパン最終検証報告書の検証(9)」のケースで、セクハラの話を「聞いたことがある」と述べ、それに関連して、川島氏の言葉と、社員の証言のどちらの信用性が高いか、検証委員会が検証しています。
信用性の対象になったのは、「川島さんは、酒席で、『広河さんには女性問題があった。裁判までいきそうになったことがあった』と言っていた」等の複数の社員の証言(96頁30行目)と、川島氏のその発言を否定する言葉です。検証委員会は、「川島氏が『広河氏の女性間題』についてどの程度の認識をもっていたかについては、監視義務違反の有無や過失の程度に関わる」(96頁34行目)として、検証を展開します。(ちなみに、ここでも、「思われる」や「不自然で考え難い」と、検証委員会の主観が多数入っています)
検証報告書は、上記のように「広河さんには女性問題があった。裁判までいきそうになったことがあった」と記載しているので、川島氏の発言が検証されるだろうと思って読み進めると、「社員らが述べる川島氏の言葉は抽象的」で、「どの程度知っていたか、どのようなことを語ったかについて」は特に「悪質さを強調するような説明はな」いと述べています。
読んでいてよくわかりませんでした。要するに、川島氏がどういう発言をしたのか。「複数の社員」の証言があったと記載していながら、特定できなかった、ということなのでしょう。
次に、検証委員会は次のように仮定を示します。「社員が積極的に事実に反することを証言したいのであれば」という具合です。そして、「川島氏が広河氏のセクシャルハラスメントについて深く知りながら握りつぶした、などと具体的に述べ、悪質さを強調しそうなものであるが、それはない」とし、社員は「経験したありのままを正直に伝えているものと思われる」(96頁37行目~97頁3行目)と結論づけています。
仮定を置くなら、その仮定が矛盾することを証言や資料で明確に示さなければなりません。ところが、「しそうなものである」とか、「と思われる」という主観的な表現を使って結論を出しています。これでは好き勝手な仮定を立てれば、どんなものでもその仮定は正しいものになってしまいます。
そして、「広河氏の『女性間題の噂』を相当数の社員や外部の税理士までもが抽象的には耳にしていたような状況」の具体的な証言が列挙されていきます。それを次にみていきましょう。
異なる期間に在籍していた複数の社員の証言(97頁3行目~9行目)から、「かなりの社員が、はっきりとセクシャルハラスメントと言えるかわからないにしても、少なくとも『広河さんには何か女性に関して間題があるという噂がある』という程度の認識を持っていたと思われる」(97頁8行目)とし、顧問税理士も「必ずしも具体的ではないまでも、広河氏の女性間題について耳にしたことを認める」(97頁10行目~13行目)と証言しています。
ここからわかるのは、とにかく広河氏に関して女性問題にからむ噂は周囲であった、ということです。そこはそうなのでしょう。「異なる期間に在籍していた複数の社員の証言」と、情報源を明示しています。
問題はその次です。
検証委員会は上記のことから、川島氏が「『広河氏の女性間題』を噂レベルでさえ全く聞いたことがなかった、というのは、それ自体不自然で考え難い」(97頁20行目)と判断しています。そうなのかもしれませんが、ここは、川島氏を批判する箇所になります。「それ自体不自然で考え難い」と言ってしまっては、検証委員会が調査能力を欠如していたことを自ら吐露しているようなものです。
これに加えて、川島氏が「2019年1月28日に社員らに対し『検証員委会には、会社に都合が悪いことは書かせない』と述べていた」ことに対し、「自らに不利益なことはとりあえず否定しておく、という不誠実な態度」(97頁23行目)があったとも書かれています(詳細は、12頁28行目)。
こうして、検証報告書は、川島氏について「述べる言葉の信用性は低いと判断せざるを得ない」(97頁28行目)、「社員らの証言のほうが信用性が高い」と判断しているのです。
さて、報告書は次に、川島氏の責任に言及します。
肝心な箇所で推論や独自の解釈を展開
証言の信用性の話から、今度は、川島氏に対して、広河氏によるハラスメントが長期間にわたり続いてしまったことの責任を問います。
この部分は、推論や独自の解釈が多くみられ、論理的とはいえない展開になっています。
まず、検証委員会は、川島氏が「女性の意に反する深刻な性暴力であるとまで認識していたかについては別間題である」(97頁31行目)と述べ、その根拠を、「考え難い」「おそらく」「推察される」「ないだろうか」といった主観的文体で連ねています(97頁33行目~39行目)。
「深刻な事態だと認識していたのであれば、……酒席で社員らに『女性問題がある』などと軽々しく述べることはさすがに考えがたい」
「酒席で話題のネタのように話していたと……すれば、川島氏はおそらくは、『不倫』『女遊び』というような、『私生活の不品行』程度に矮小化して認識していたのではないかと推察される」
「『その程度のことは男性にはよくあることであり……』というように、他の男性の性的な不品行を暗黙のうちにかばって寛大な態度をとるという一部の男性に見られる傾向が川島氏にもあって、『広河氏の女性問題』には介入しないという態度をとっていたのではないだろうか」
事実の認定をする肝心な箇所が、「考え難い」「おそらく」「推察される」「ないだろうか」という言葉になっています。それが事実であるかのように、読み手に刷り込ませるよくある手法ですが、なかには「そうだったんだ」と思う人もいるでしょう。
そして、「このように述べるからといって、検証委員会とて、川島氏の責任が軽いと考えているということではない」と書き、川島氏が不倫関係を見逃してきたことへの非難の応酬がはじまります。
検証委員会は、「本当に相互の自由意志で性的関係を持っている『不倫関係』であるとしても、会社の代表者が若い女性ボランティアや社員と性的関係を持つことは立場上不適切ではないか」「そもそも本当に単なる不倫なのだろうか」「社長とスタッフという関係性では、女性側は嫌でも断れなかった可能性はないだろうか」という疑間を川島氏が持たなかったと責めています。
そして、「無策のままであったたことは、会社組織に経営責任を持つ役員として非難されるべき事情であり、取締役としての監視義務を誠実に履行していたとは到底言えない態度である」と川島氏を弾劾します。
そしてここから、「本来、取締役は、社内でのハラスメント発生を予防し、発生してしまった場合には厳正に対処すべき責任を負っている立場である」とハラスメント防止の責任について言及します。
川島氏はその訴えを聞いていれば、企業ガバナンスの観点から何もしなかったことは非難されるべきです。しかし、前述したように、検証委員会は川島氏の認識についてきとんとした論証をすることに失敗しています。「考え難い」「おそらく」「推察される」「ないだろうか」と誤魔化しています。
しかも、「代表取締役が女性に対して不適切な関りをしている可能性に気づいたのであれば」と、ここでも、検証委員会は仮定を置き、検証委員会の得手勝手な思い込みが書きつづられていきます。「本人や関係者に質すなどの調査をすべき職責を負っていたのであるから、『広河氏の女性問題』を耳にしながら何も対応しなかったということは、その職責や立場に照らして、著しく不適切といわなければならない」と言うのです。
結論として、「本件では、ハラスメント加害者と疑われていた人物が、代表取締役という、社内で最も強い権限を持つ人物であったことは、社員らからは非常に告発の声があがりづらいということは当然」だったため、「代表取締役に対して物を言える立場としての取締役の責任は尚更重かった」とし、「その責任を果たしてこなかったことは広河氏によるハラスメントが長期間にわたり続いてしまったことの重大な背景事情であるといえよう」と述べています。
結論への導き方が杜撰なので、この結論が説得力をも持たなくなってしまっています。ガバナンスの観点からも、とても重要な論点だったはずです。検証委員会が事実をもって結論を導けず、推論や仮定を前提とした論理展開になってしまったことはとても残念なことです。