増加する海外のセクシャルハラスメント報道:裏づけや言葉遣いなど報道規約を設定して正確な報道を目指す

海外の報道

#MeToo運動が各国に広まり、多くの人々の関心を引いたのは、メディアによる影響が大きい。イギリスとアメリカの調査結果で、メディアが重要な役割を果たしたことが明らかにされた。ソーシャルメディアで拡散されるとともに、大手メディアもまたセクシュアルハラスメントなどの調査報道に乗り出し、#MeToo運動に効果をもたらしたと分析している。

ロンドンにあるブルネル大学の研究チームが行った「新聞電子版での#MeToo報道分析」(European Journal of Cultural Studies「#MeToo , popular feminism and the news : A content analysis of UK newspaper coverage」)によると、ハーヴェイ・ワインスタインのセクハラが最初に報道された2017年10月11日から2018年3月31日までの間にイギリスの大手新聞9紙の電子版で掲載された#MeToo関連の記事は613、全体では3,450だったという。

#MeTooを肯定的に報じた記事は56%で、ガーディアン紙は70%(78/111記事)、インディペンデント紙は67%(52/78記事)と左派系新聞に多い。一方、15%は否定的な論調で、タイムズ紙(否定的29%、13/45記事)、デイリー・エクスプレス(否定的31%、9/29記事)だった。

また、2018年10月にアメリカの女性メディア・センターが発表した、2017年5月から2018年8月の性暴力および#MeToo 運動の報道に関する調査報告書(Women’s Media Center「Media and #MeToo : How a movement affected press coverage of sexual assault」)によると、アメリカ大手新聞14紙の性暴力やセクシャルハラスメントの大見出し記事は増加し、2017年5月には1日平均24記事、2017年11月から2018年1月が最も多い1日54記事だった。ピークは過ぎたものの、2018年8月は31記事で、2017年10月以前に比べて30%多いという。

もっとも、メディアで伝えられる機会は増えたものの、セクシャルハラスメントや性暴力の取材・報道は非常に難しく、ジャーナリストはこうした問題を報じる一番よい方法を探り、日々苦戦している。

性被害報道が容易ではない理由のひとつは、被害者の告発の裏をとるという関門である。

例えば、ニューヨークタイムズの編集者(女性・ジェンダー専門)は、「セクシャルハラスメントなど性被害を報じるには、当事者以外に2人の証言者の裏づけが必要」で、彼女が9人の女性から性暴力を告発された映画脚本家の記事を報じた際、「少なくとも27人の異なる人に話してもらった」と述べる。彼女はまた「被害者たちが私を信頼してくれたのが幸いだった」とも言う(How Journalists Corroborate Sexual Harassment and Assault Claims)。

しかし、自分の身に降りかかったことを他人には話さない被害者のほうが多く、裏づけがとれないがために、ジャーナリストに「性暴力はなかった」とみなされてしまうケースもあるという。そのような事態を防ごうと、性被害者支援団体とジャーナリストは、裏づけをとる別の手段を模索している。

裏づけが欠かせないのは、過去にあった性暴力誤報の反省からでもある。なかでも、アメリカを騒然とさせたローリングストーン誌のレイプ記事ねつ造は、その後、この問題を報じる際の教訓になっている。

2014年11月、“ジャッキー”という女性が大学生だった2012年に集団レイプに遭ったという記事「キャンパスでのレイプ(A Rape on Campus)」がローリングストーン誌に掲載された。しかし、ワシントンポスト紙がまず記事の矛盾点を指摘し、その後も信ぴょう性を疑問視する声が相次いだ。

2015年4月、調査を依頼されたニューヨーク大学ジャーナリズム大学院は、このレイプ記事には「取材と編集、編集上の監督、事実確認に問題がある」と判断し、ローリングストーン誌は記事を撤回した。

レイプ記事を書いた記者は、被害を名乗り出た女性の話を鵜呑みにし、裏づけをとらず、編集者も事実確認をしなかったという。

#MeToo運動の拡大でメディアは被害者の声を肯定的に伝えるようになったが、長い間、「レイプは、される側に落ち度がある」というレイプカルチャーの概念が根底にあり、加害者を擁護し、被害者を傷つける報道が少なくなかった。

報道姿勢は変化しているものの、この問題をよく理解していないジャーナリストが取材する場合もあり、いまだ酷い報じ方も目にするとの指摘がある。

そのため、イギリスやアメリカでは、複数のジャーナリズム関係機関や性被害者支援団体などが、「性被害を報道するうえでのジャーナリストのためのガイドライン」を準備し、サイトでも公表している。

たとえば、イギリスの新聞および出版業界の独立規制機関(「IPSO」=Independent Press Standards Organisation)は、性暴力報道をするジャーナリストのためのガイダンス(「Guidance on reporting sexual offences日本語訳)と、メディアに性被害を訴えたい告発者のためのガイダンス(「Contact with the Media日本語訳)を2018年10月に発表した。

ジャーナリスト向けガイダンスは、ケーススタディ、法律、匿名および個人が特定されないための規約、言葉遣いやインタビューの注意点などが示されている。

使用する言葉遣いについては、犯罪をセンセーショナルに扇動したり、非難したり、被害者が性行為に同意したと思わせる用語を選ばないよう忠告する。性犯罪報道は非常にデリケートで個人的な問題を伝えることになるため、編集者およびジャーナリストは、多くの被害者がより弱い立場にいるという現実を見失ってはならないとある。

イギリスのジャーナリズム専門誌『Press Gazette(プレス・ガゼット)』の記事(「IPSO publishes new guidance for journalists and survivors on reporting of sexual offences」)によると、IPSOは実際に被害者に会い、性暴力問題に取り組む支援団体と連携して、取材する側とされる側のガイダンスを作成したという。

告発者(取材される側)向けガイダンスは、IPSOの規定を理解してもらうための説明と、記事に不満を抱いたときにジャーナリストにどのように訴えたらいいかの解説を含む。メディアに話そうと思っている被害者の背中を押し、被害者および支援団体に情報を有効に活用してもらうための指南書だ。

IPSOは、「性犯罪を丁寧に報じるメディアは、自分の経験を話す気持ちにさせ、支えてほしいという思いを強めてくれる」という被害者のメディアに対する期待と、それに応えるためには「性被害を責任もって報じるジャーナリストおよび編集者を支援することが重要」との認識から、こうしたガイドラインを定めたという。

日本では、セクシャルハラスメントや性暴力を報じるための特別な手引書のようなものはいまだ存在せず、そうした議論も起きていない。人権を侵害するような取材、心無い言葉遣いや写真掲載で、被害者たちを傷つけないためにも、また過度に煽る報道がなされないためにも、最低の規定は必要だ。



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